渦鞭毛藻Neoceratium属について
 
執筆:大田修平 作成日:2011年3月3日
 
 本サイト「写真で見る生物の系統と分類」において,Gómez et al. (2010a) の報告に基づき,海産種の Ceratium 属の各種がNeoceratium属に移され,新組み換えが提案されたことを紹介しました(アルベオラータ)。この発表の後,Calado and Huisman (2010) は,国際植物命名規約(ウィーン規約;ICBN)の下で,Neoceratium属は非合法(illegitimate)であり,またそれらの新組み合わせは正式に発表されていない(invalidly published)ことを指摘しました。
 
 Calado and Huisman (2011) はまず,Gómez et al. (2010a) におけるNeoceratium属が不要名であり,非合法であることを指摘しています(ICBN第11.3条,52.1条)。さらに,Gómez et al. (2010 a) の論文がICBN第33.4条の要件を満たしていないことを指摘しています。ICBN第33.4条では,基礎異名のページまたは図版の引用と日付を伴った正式な発表の出典が十分かつ直接的に引用されていない限り,新組み合わせは正式に発表されていないことが述べられており,Neoceratium属に組み替えられた種は正式に発表されてないことになります(ちなみに,ここで言うページ番号は論文全体のページ番号とは異なるので注意が必要です(ICBN第33.4条付記1))。以上の理由により,Neoceratium属は今後保存されない限り廃棄(reject)されることになります(ICBN第52.1条)。従いまして,学名Neoceratium,および組み換え後の学名は使用できません。
 
 Calado and Huisman (2010) はコメンタリーの最後に,命名法上の問題に関わる一般的な提言を行っています。それは,(1)命名法の問題を扱った論文は,命名法に詳しいレビュワーによる査読が必要である,(2)分類学者はある程度の命名法的な訓練(nomenclatural training)が欠かせない,という二点です。著者もこのコメントに同意します。命名法の主な目的は,科学を混乱させるような学名の使用を避けることにあります。生物学に携わる研究者,特に分類,多様性,進化に携わる研究者は命名法のルールにしたがって研究を行うべきであると考えています。
 
 Gómez (2010b) はさらにCalado and Huisman (2010) のコメンタリーに対する返答を寄せています(詳しくは,Gómez 2010b をご参照ください)。上記2点に対してGómez (2010b) は,(1)レビュワーは匿名である(誰がレビュワーかわからない状況で査読される)ので,命名規約の専門家が査読をしているか不明である(従ってコメントを差し控える),(2)命名法的な間違いは良くあることで,またその解釈も様々である,と述べています。確かにGómez (2010b) にも一理あると思います。ただし時間とお金をかけた研究が,命名法上の基本的なミスで台無しになるのはもったいないと思いますので,命名法はある程度理解しておく必要があります。Gómez (2010b) は最後に,「植物命名規約の専門家が,海産種の Ceratium 属に対して優先権を持つ合法的な属名を決めてくれることを願っている」と結んでいます。
 
 微細藻類の中でも特に、珪藻、渦鞭毛藻などように1800年代から記載が始まっているグループは,古い文献のアクセスが困難で,優先権の決定が難しい場合がよくあります。また,記載で使用されている言語も英語・ラテン語以外のことが多く,さらに問題を難しくしています。しかし,分類学のみならず,科学は過去の知見の上に新知見を積み重ねていくものですから,古いからとか言語が難しいからという理由で過去の研究を無視して良いわけではありません。
 
 最近,植物・動物・原核生物の学名や命名規約に関する質問や意見交換の場として,「生物学名勉強会」を始めました。どなたでもご参加いただけますので,ご興味のある方はリンクをご参照ください。
 

海産のCeratium属です。淡水産種とは属のレベルで異なることが明らかですが,Neoceratium属が改めて保存名となるのか,新しい属名が提唱されるのか,今後の検討が待たれています。

追記:Gómez (2013) は,Neoceratium属に代わる新しい属名としてTripos属を提唱しました。これにより,海産のCeratium属の所属がようやく整理されました。(鈴木)

 
参考文献
 
Calado, A. J., & Huisman, J. M. 2010. Commentary: Gómez, F., Moreira, D., and López-García, P. 2010. Neoceratium gen. nov., a new genus for all marine species currently assigned to Ceratium (Dinophyceae). Protist 161: 35-54. Protist 161: 517-519.
 
Gómez, F., Moreira, D., & López-García, P. 2010a. Neoceratium gen. nov., a new genus for all marine species currently assigned to Ceratium (Dinophyceae). Protist 161: 35-54.
 
Gómez, F. 2010b. A genus name for the marine species of Ceratium.: reply to commentary by A.J. Calado and J.M. Huisman on Gómez, F., Moreira, D., and López-García, P. (2010). Neoceratium gen. nov., a new genus for all marine species currently assigned to Ceratium (Dinophyceae). Protist 161: 35-54. Protist 161: 520-522.
 
Gómez, F. 2013. Reinstatement of the dinoflagellate genus Tripos to replace Neoceratium, marine species of Ceratium (Dinophyceae, Alveolata). CICIMAR Oceanides 28: 1-22.
 
 
コラム微細藻類・原生生物コラム
 
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