押し葉帳作りの教育的意義と問題点

 
植物の名前をおぼえるための「押し葉作り」は、生徒・学生が実際に葉に触れ,手間をかけて作ることによって高い教育効果が期待されます。実習で作った押し葉帳に,自分で作った押し葉を足していけば自分の図鑑が出来上がります。30種を超える頃にはすっかり身近な植物と親しんでいることでしょう。ある小学校では,押し葉作りを覚えた児童が休み時間や放課後に押し葉作りを始め,皆で競うように作るようになったといいます。このように,「押し葉作り」が高い教育効果を持つことは疑いようもないのですが,「押し葉作り」を行うにはクリアしなければならない問題がいくつかあります。
 
なぜ押し葉帳を作るのか
 
教える側にとって,押し葉帳作りは決して割に合う実験・観察ではありません。特に,著者が教えている「B5版の樹木押し葉作り」は,材料の準備・乾燥を全て実習前に教員が行うため,教員の負担の大きさは通常の実験・観察の比ではありません。植物の名前を覚える場合,生徒・学生と共に公園や林を周り,「この木は~,この草は~,この花は~」と教えて歩くというスタイルや,生徒たちに図鑑で植物の名前を探し,ある区域の植物地図を作らせるなどのスタイルが多いと思います。著者も学生たちに「大学キャンパスの植物たち」というテーマで樹木の名前を教えて歩いた経験があります。教える側にある程度,植物に関する知識があれば,教えて歩くのはそれほど難しくはありません。教える前日までに生えている植物の名前や特徴をチェックしておくなどの手間は必要ですが,大がかりな準備は必要なく,教員にとっては比較的楽な実習です。学生にきちんと野帳の取り方を指導し,植物を覚える体制が取れていれば教育効果も高いと思います。著者は「生徒・学生の手元に何かしら残る実習」にこだわっています。野帳や植物地図も学生にとって大きな財産ですが,その場限りの場合も多いでしょう。その点,生徒・学生たちが苦労して作った押し葉帳は,植物の葉に実際に触れた記憶と共にしっかりと手元に残ると思っています。
 
理想的な押し葉帳作りと現実の問題
 
葉の採集と乾燥を生徒・学生と一緒に行い,押し葉帳が完成したら,その押し葉帳を持って公園や林を周り,植物を教えて歩く。その過程で図鑑の調べ方や同定の方法などを学びます。植物の名前を覚える実習として,これが最も理想的な方法だと思います。ですが,これには問題が2点あります。
 
問題点1. カリキュラム上不可能な場合が多い。
 葉の乾燥には約1週間,押し葉帳作成に1, 2日,野外観察に1日と,最低でも2週間,授業回数で言えば3回必要です。生物部などの活動として行うならともかく,通常の授業や講義の単位数から考えると全てを行うのはあまりにも非現実的です。
 
問題点2. 生徒・学生にとっては初めての経験であり,押し葉の台紙にきれいに収まるような葉や枝の採集は難しい。
 押し葉作りのポイントの一つとして,きれいで見栄えが良いことが挙げられます。B5サイズの台紙にきちんと収まり,かつ特徴的な押し葉を作るには,教員の方で材料を用意しておく必要があります。著者は1回の実習で10種の押し葉を目標とし,内2種は学生自身に葉の採集・乾燥をさせるようにしています。B5サイズに収まる大まかな葉の大きさや枚数を指示していますが,それでも葉が小さすぎたり,若いもしくは陰葉などの特徴的でない葉を採集・乾燥してしまうケースが良くあります。
 
なぜB5サイズなのか
 近年,B5又はB4サイズの用紙は使われなくなりつつあります。A4又はA3サイズの用紙が主流だと思います。B5サイズのクリアファイル,ケント紙などは将来入手が難しくなる事が予想されます。唯一ノートだけがB5サイズを主流としています。著者は「押し葉作り」を含めた一連の実習において作成した押し葉,スケッチ,配布したテキストを全てB5サイズのクリアファイルに収めて保管するように指導していますが,このために全てのテキストをA4サイズからB5サイズに変更,もしくは図を縮小コピーするなどしています。これは意外と面倒で,A4サイズのまま使いたいと思う時が良くあります。教育用の樹木押し葉の台紙のサイズをB5サイズに定めたのは,著者の恩師である吉﨑 誠 東邦大学名誉教授でした。吉﨑先生は,ハガキ,A5, B5, A4に至る様々なサイズの押し葉を作り,比較しました。ハガキとA5サイズは収納に便利ですが,小さすぎて大きめの葉や枝は作れません。A4サイズは,逆に大きすぎて,葉の採集・乾燥に手間がかかりすぎます。その点,B5サイズは,採集する葉の量が教員一人で採集するのに丁度良い量で,かつ通風乾燥や温風乾燥する際,1枚の吸水紙(新聞紙)の上に丁度2枚置ける大きさです。材料の準備という点からいえば,著者もB5サイズが最も適当だと思っています。ただし,これらは工夫次第でどうにでもなりますので,台紙のサイズは,各教員の使い勝手の良いものを使うのが良いと思います。
 
台紙は何を使うのが良いか
 台紙として最も適当なのは,博物館や大学の研究室で使用している植物標本作製用の台紙です。著者は海藻の押し葉作りの台紙として???(メーカー名と紙の厚さ等調査中)を使っています。このような専門の標本台紙が手に入れば言う事ありませんが,このような紙は専門の業者かお店に注文しなければ手に入りません。そこで,教育用としては市販の画用紙(厚手で紙厚0.36-0.37 mm位のものが良い)を使うのが一般的です。出来る限り,コシがあって丈夫なものを選びましょう。ただし,専門の標本台紙と画用紙には大きな問題があります。画用紙のサイズ規格はB5, A4などのJIS規格とは異なり,B版四つ切(420 mm×594 mm)又は八つ切(270 mm×379 mm)という日本独自の規格です。標本台紙のサイズ規格は画用紙ともJIS規格とも異なります。クリアファイルなどに収めるためには画用紙を裁断しなければなりません。実はこれがA4サイズを用いないもう一つの理由でもあるのですが,B版八つ切からはB5サイズ2枚は取れますが,A4サイズは1枚しか取れず,コストパフォーマンスが悪いのです。また,厄介な事にB版八つ切を半分にすればB5サイズ2枚になるわけではありません。B5サイズ2枚,すなわちB4サイズは257 mm×364 mmでB版八つ切とは微妙に違います。従って,画用紙1枚からB5サイズ2枚を切り取るためには最低2回裁断する必要があります。業者に画用紙を注文する際,裁断も依頼出来れば問題ありませんが,実習費に余裕が無ければ,教員が自分で裁断しなければなりません(注)。幸い,著者が実習を行っている大学には,自動裁断機があるので1回の実習で使う約400枚(10枚×40名)を比較的楽に裁断出来ますが,手動で切らねばならない場合,その手間たるや想像に難くないと思います。著者は,大学院生だった頃,実習で画用紙の購入と裁断の注文が遅れ,実習前に一枚一枚手で裁断する破目になった事があります。午後の実習でしたが,午前中から昼食抜きで裁断してようやく間に合ったという苦い思い出です。ケント紙は洋書なので裁断の必要はありませんが,画用紙よりも値が張る上,市販のケント紙では厚手のものでも標本台紙としては脆弱です。

注. インターネット上で,画用紙200枚裁断込みで1,732円というサイトがありました。探してみると意外と安く済ませられるようです。

 
段ボール板の調達
 著者の方法では,実習までに教員が大量の葉を採集,乾燥しておく必要があります。また,実習後,生徒・学生が作製した押し葉を乾かす必要があります。これらの葉,押し葉を一度に乾燥するには段ボール板と吸水紙(新聞紙)を用いた通風あるいは温風乾燥が不可欠です。ここで使う段ボール板は,電化製品などに使われていた丈夫な段ボール箱を大量に集め,使用するサイズに切って使います。段ボール箱を集めるのも,それを裁断するのも楽な作業ではありません。とはいえ,一度作ってしまえばその後ずっと使い続けられることから,手間ではありますが,一式そろえることをお勧めします。
 
どのような葉・枝をそろえるべきか
 身近にあるからといって,何でも押し葉になるとは限りません。押し葉作りに適した葉と適さない葉があります。これは教員自身が経験によって覚えていく他ありません。以下に押し葉作りに適した葉の条件と注意点を挙げます。
 
1. 乾燥が容易なもの
 葉によってはいつまでたっても乾燥しないものや,乾燥すると真黒に変色してしまうものがあります。落葉樹の葉は比較的楽に乾燥出来るものが多いです。
 
2. 特徴のしっかりしているもの
 樹木によっては葉の特徴が少なく,押し葉だけでは種類の分かりづらいものがあります(例.イスノキ)。押し葉とするのは出来る限り特徴的な葉が良いでしょう。イチョウ,ヒノキ,クスノキ,シロダモ,ユリノキ,ケヤキ,ニシキギ,カクレミノ,ヤマグワ,カツラ,カエデの仲間などはお勧めの材料です。
 
3. 採集する季節や場所に注意
 樹木の葉は生き物ゆえ,季節によって変化します。場所にもよりますが,落葉樹の葉の採集時期は,葉がしっかりと生い茂った5月位から紅葉する前の8, 9月位までです。コナラやカエデの仲間などは紅葉もしくは黄葉した葉を押し葉に用いるのも面白いでしょう。常緑樹は通年手に入ると思われがちですが,そんな事はありません。春に出てくる新葉や若い葉は押し葉には使えませんし,すす病などの病気に侵された葉も押し葉には使えません。葉の採集は事前に大まかな計画を立てておくと良いでしょう。
 
B5版押し葉作りの実習の実際
 上述の通り,B5版押し葉作りの実習は大変です。著者もそうですが,教員1名で全てを準備するのは,途中で気持ちが折れそうになる位大変です。あらかじめ人数分の葉を採集・乾燥しておくためには,1年の約半分を材料集めに費やす位の覚悟が必要です。最初は台紙や段ボール板の調達など,実習を行える体制を整えるのにも苦労するでしょう。総じて,教員側の手間がかかり過ぎです。割に合う実習とは言い難いですが,最後は教える側の熱意次第だと思います。
 
ラミネート式押し葉作り
 上述の通り,押し葉作りの教育効果の高さについては疑いようもありません。とはいえ,「B5版樹木押し葉作り」には手間がかかり過ぎるという大きな問題点があります。最後に,押し葉作りのもう一つの方法として,「ラミネート式押し葉作り」を紹介します。採集した葉,又は事前に乾燥しておいた葉をラミネートフィルムに挟み,ラミネーターでパウチし,押し葉カードを作ります。近年では博物館主催の植物観察や体験学習の定番となりつつあります。採集直後の葉を直接ラミネートすると色が悪くなるため,事前に葉を採集し,ある程度乾燥しておく必要がある点では「B5版樹木押し葉作り」と同様ですが,ラミネーターとラミネートフィルムさえあれば,大がかりな乾燥道具が無くとも,どこでも簡単に押し葉を作ることが可能です。押し葉作りと乾燥に手間がかからないため,葉の採集・乾燥を生徒・学生と共に行ったり,押し葉作りよりも野外を周ることに時間を割く事が出来るなど,「B5版樹木押し葉作り」では難しかったカリキュラム作りも可能です。以下に,「ラミネート式押し葉作り」の作り方を簡単に紹介します。
 
樹木の葉のラミネート標本の作り方
     
写真準備中   写真準備中
     
1. 乾燥した葉をラミネートフィルムに挟みます。   2. 葉を挟んだラミネートフィルムの下に紙を1枚添えます。*紙を添えないと,真っ直ぐにラミネートされず,途中で折れ曲がってしまいます。
 
ラミネート式押し葉作りの欠点
 「ラミネート式押し葉作り」は,教える側の事を考えると「B5版樹木押し葉作り」と比べて,より実用的な方法だと思います。ですが,欠点が無いわけではありません。以下に主なものを挙げます。
 
1. 葉の独特の香りや手触りが分からない。
 ラミネート式の最大の欠点です。飾ったり,お土産とするには申し分ありませんが,直に葉に触れられない以上,眺めることしか出来ません。乾燥したものとはいえ,生の葉とラミネートされた葉とでは,リアリティが全く異なります。「植物の名前を覚える」というテーマには,自然との触れ合い,原体験を豊かにするという目的もあります。ラミネート式を用いる場合は,直に触れない分,野外観察などで生徒・学生が自然と触れ合う場を作るなどの工夫が必要でしょう。むしろそのような体験に時間を割ける事がラミネート式の長所だと思います。
 
2. 紙の台紙と違い,ラミネートした葉には細かい書き込みをする事が出来ない。
 紙の台紙を用いた場合,学名や葉の特徴などを細かく書き込む事が出来ますが,ラミネートフィルムの場合,細字の油性マジックを用いたとしても,名前とちょっとしたメモ程度しか書き込むことが出来ません。押し葉に直接書き込むことへの批判も無い訳ではないので,書き込めない事自体は大きな問題ではありません。
 
3. 押し葉カードの保管
 ラミネートフィルムはB5,A4サイズのものをラミネートするようにサイズが決められており,出来あがった押し葉カードは,B5, A4サイズよりも大きくなります。すなわち,クリアファイルにきちんと収まりません。
 
おわりに
 
「B5版樹木押し葉作り」にも「ラミネート式押し葉作り」共に一長一短ある事を分かって頂けたと思います。著者は,「B5版樹木押し葉作り」にこだわっていますが,「ラミネート式押し葉作り」も工夫と活用次第で高い教育効果を得られると思います。どの分野にも言える事ですが,カリキュラム等の制限がなければ,植物の名前を覚えるための実習は,ここで紹介した以上に幅広く展開出来るはずです。高い教育効果を上げるのはもちろんですが,教える側の手間の軽減など,まだまだ改良,開発の余地があると思っています。今後も,実習の改良と開発に取り組んで行きます。
 
 
「葉の採集」に戻る  「葉の乾燥」へ戻る  「押し葉帳作り」に戻る
 
実験・観察の紹介B5版樹木押し葉の作り方
 
「生きもの好きの語る自然誌」のトップに戻る