ツバキの葉の観察

 
はじめに
ツバキは,ヤブツバキ(Camellia japonicaを原種にたくさんの園芸品種が作られ,庭や公園で私たちを楽しませています。葉には照りと光沢があります。これは葉の表面に蝋(ロウ)が混ざっているからです。ツバキの葉は切片作製が容易で,双子葉植物の典型的な葉の構造を観察することが出来ます。
 
ヤブツバキ Camellia japonica
ヤブツバキ
 
植物の葉は光合成によるエネルギーの生産工場です。葉は表面から順に上面表皮 upper epidermis葉肉 mesophyll下面表皮 under epidermisの3つの領域に分けられます。さらに,葉脈部分には維管束組織が見られます。上面表皮の表面側の細胞壁にはクチクラ層 cuticular layerが発達しています。クチクラ層は細胞壁にクチン cutinが厚く沈着し,そこに蝋(ロウ)が浸透したものです。強い光や紫外線に対する防御や気孔以外の部分から水が失われるのを防いでいます。表皮には気孔 stomataが見られます。ツバキのような照葉樹の葉では葉の下面のみに気孔が見られますが,多くの植物は葉の両面に気孔を持っています。上面表皮と下面表皮に挟まれた部分を葉肉といいます。葉肉を構成する組織は柔組織 parenchymaです。多くの双子葉植物の葉肉は機能,構造から柵状組織 palisade mesophyll (palisade parenchyma)と海綿状組織 spongy mesophyll (spongy parenchyma)の2つの異なる領域に分けられます。柵状組織は光合成によるエネルギー生産,海綿状組織ではガス交換の場として,2つの組織は機能的に分化しています。柵状組織では,細長い細胞が隙間なく並び,各細胞には葉緑体がびっしりと詰まっています。柵状組織には葉の葉緑体の82%が含まれています。海綿状組織の細胞は不規則に並んでいて空気間隙 air space(細胞間隙 intercellular space)が見られます。この空間を二酸化炭素と酸素が循環しています。
 
葉の採集
 

良く生長した元気で大きな葉を選んで採集します。

 
*ツバキの葉を採集する際はチャドクガに注意!4~10月位までに年2回発生します。刺されてもイラガの幼虫のような激しい痛みはないものの長い間痒みに悩まされることになります。葉を採る前にチャドクガがいないか必ず確認しましょう。
 
切片作製手順
植物組織を観察する上で最も重要となるのが切片作製です。切片を作るには,ミクロトームなどの機械を使う方法もありますが,ここでは,カミソリと自分の指だけを使うオーソドックスな方法で切片を作ります。今後の観察の基本となるので必ずマスターしましょう。これをマスターすると,ピスやブロッコリーの茎などを利用して,より柔らかい材料や小さな材料でも切片が作れるようになります。
 
 
葉の裏を返し,太い葉脈を避けて半分に切ります。
 
 
葉身の部分を幅5 mm程に切って短冊をつくります。
 
 
短冊を3, 4枚重ね,親指と人差し指ではさみます。
 
 
カミソリ刃を斜めに当て,手前に引きながら薄い切片を作ります。カミソリは引いた時に切れます。この「引いて切る」ことが切片作成で最も注意しなければならない点です。刃を下から上まで広く使う位の感じで切るとコツがつかめると思います。引かずに押して切ってしまうと,切片が潰れてしまい,きれいな横断面を観察する事が出来ません。
 
 
作った切片は,カミソリ刃ごと水を入れたシャーレの中に入れます。たくさんの切片の中から,もっとも薄い切片を選び出し,面相筆で拾い上げます。
 
 
切片をスライドガラスに乗せ,カバーガラスをかけます。
 
顕微鏡で観察する
作製したプレパラートを顕微鏡で観察するとこのような葉の断面を見ることが出来ます。葉緑体の形,大きさ,細胞1個当たりの数が分かるように,薄くて水平な切片を作る必要があります。4倍または10倍の対物レンズで良く切れた切片を探し,40倍で観察します。
 
 
柵状組織   海綿状組織
 
 
気孔(矢印)と孔辺細胞(矢頭)   葉の維管束
 
 
観察のポイント
   
表皮 epidermis
  植物体を保護し,特に気孔以外の場所からの蒸散を防ぐ役割があります。上面表皮の方が細胞が大きく,クチクラ層も良く発達します。下面表皮には気孔 stomaが見られます。作った切片には必ず数個の気孔 stomata (stomaの複数形)が含まれています。最初の内は,どれが孔辺細胞 guard cellなのか分かりにくいと思いますが,あらかじめ気孔の表面観を観察しておき,気孔を横断するとどのように見えるかをイメージしながら観察すると簡単に見つけられるようになります。
   
柵状組織 palisade mesophyll (palisade parenchyma)
  細長い細胞が密に並び,葉での光合成の大部分はこの組織で行われています。多くの植物の柵状組織の細胞は1層ですが,ツバキの葉は柵状組織が良く発達し,2層の細胞層から成ります。光合成を担う細胞が密に並ぶことで維管束(師部)への物質の移動をスムーズにしています。また,細長い円柱形の細胞は球形の細胞と比べて表面積が大きく,葉緑体が細胞膜に沿って多数並ぶことが出来ます。
   
海綿状組織 spongy mesophyll (spongy parenchyma)
  気孔を通してのガス交換を行うため,空気間隙(細胞間隙)が多く,細胞は不規則に配列しています。細胞に含まれる葉緑体の数は柵状組織の細胞よりも少なくなります。
   
気孔 stoma
  蒸散を行うための孔。横断面では全体の形をとらえるのが難しいため,同時に表面観を観察すると良いでしょう。
   
孔辺細胞 guard cell
  気孔を作る1対の細胞です。表面から見ると半月形をしています。表皮の細胞の中で唯一葉緑体を含む細胞です。横断面でも葉緑体を確認出来ますが,切片を作る際に壊れた細胞から葉緑体が飛び散ったり,光の干渉で表皮細胞が緑色っぽく見えたりするため分かりづらいと思います。横断面の観察の前に表面観を観察し,細胞の形や葉緑体を確認すると良いでしょう。
   
シュウ酸カルシウムの結晶
  園芸種のツバキに特に多いように見えますが,海綿状組織の中に多数散在しています。老廃物を結晶の形で貯めていると考えられています。
   
葉の維管束
  柵状組織と海綿状組織を観察するのが本来の目的ですが,葉脈部分を上手に横断すると観察する事が出来ます。茎では表皮側に師部,内側に木部が配列していますが,葉の維管束は葉の上面側に木部,下面側に師部が配列しています。
 
学生実習の実際

顕微鏡を見ながら,図の細胞に葉緑体を書き入れます。図に上面表皮,柵状組織,海綿状組織,気孔,孔辺細胞,下面表皮,空気間隙(細胞間隙)という用語を書き入れます。葉だけを観察するのであれば,学生自身にスケッチさせた方が教育効果が高いと思います。一回の実習で葉・茎・根の全てを観察しなければならない場合は,塗り絵がお勧めです。葉の断面を描いたスケッチを用意し,2, 3列位の幅で上面から下面まで、緑色又は黄緑色の色鉛筆を使って,細胞に葉緑体を描き入れさせます。出来あがった図にクチクラ層,柵状組織,海綿状組織,気孔などの用語を書き入れさせます。実習後,宿題またはレポートとして,それぞれの用語の意味や機能について調べさせます。

実習で学生が描いた塗り絵
 
*ツバキの葉の塗り絵用のスケッチの原図は、満足のいくスケッチが描けていないため(上の塗り絵用の図は実習用に急遽作成したものですが,細胞が極端に角張っており,不自然です),目下作成中です。
 
 
実験・観察の紹介植物組織の観察
 
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