ススキの茎の維管束

はじめに
 典型的な単子葉植物 monokot であるススキの茎の横断切片を作り,双子葉植物 dicot であるセンニンソウと比較してみましょう。中心柱と維管束の配列の違いを観察します。また,維管束では師部繊維と木部繊維という厚壁細胞が細長く伸びた厚壁組織が観察出来ます。
 
切片作成における注意
 センニンソウの茎と同様の方法で切片を作る事が出来ますが,ススキの場合,切片作製に適した時期があります。切片を作るにはある程度生長しており,かつ堅すぎない場所を選ばなければなりませんが,夏~秋にかけてススキの穂が垂れる頃は,茎が堅過ぎてカミソリの刃が通りません。また,ススキが芽生えてすぐの茎では,切片は容易に作れるものの,髄部が形成されておらず,バラバラになってしまいます。最も適した時期は5月位でしょうか。*ミクロトームがあれば,多少堅い場所でもきれいな切片を作ることが出来ます。
 
切片作成方法
 切り取った茎を親指と人差し指ではさみ,茎に垂直にカミソリ刃を入れて切片を作ります。

 作った切片は,カミソリ刃ごと水を入れたシャーレの中に入れます。たくさんの切片の中から,もっとも薄い切片を選び出し,面相筆で拾い上げます。切片をスライドガラスに乗せ,カバーガラスをかけます。

 
顕微鏡で観察する
4倍または10倍の対物レンズで良く切れた切片を探します。10倍の対物レンズで不斉中心柱を確認したら,40倍の対物レンズで維管束を観察します。*以下の写真は,滑走式ミクロトームで作成した切片をサフラニン水溶液とファストグリーンで二重染色したものです。導管や師部繊維などの木化した細胞が赤色,師部や柔組織が薄い青色に染まっています。
 
 
茎の横断面です。維管束が不規則に散在する不斉中心柱 atactosteleです。
     
閉鎖維管束 closed vascular bundle
     
ススキの維管束のスケッチ:師部を黄色,木部を赤で示しました。木部と師部の間に形成層が見られない閉鎖維管束です。
 
観察のポイント
   
不斉中心柱 atactostele
  維管束が不規則に散在します。主に単子葉植物の茎で見られる中心柱です。
   
並立維管束 collateral vascular bundle
  木部と師部が対になった維管束です。被子植物,裸子植物の茎,葉で一般的に見られます。茎では,表皮側が師部,内側が木部です。
   
閉鎖維管束 closed vascular bundle
  師部と木部の間に形成層が見られません。形成層が無いため,閉鎖維管束である多くの単子葉植物は茎が太く生長しません。単子葉植物に木本が少ないのはこのためです。
   
師部 phroem
  師管,伴細胞,師部繊維,師部柔組織などから成る組織です。
   
師部繊維組織
  師部の表皮側に見られる厚壁組織です。縦断面で見ると細胞が細長く伸長した形であることが分かります。このため「繊維」と呼ばれ,他の厚壁組織と区別されています。
   
伴細胞 companion cell
  師管の物質の移動を補助すると考えられていますが,機能の詳細は今なお分かっていません。
   
師管 sieve tube
  光合成によって作られた糖をショ糖の形で貯蔵器官へ輸送します。横断面では師管そのものを観察するのが難しいですが,縦に切ると師管特有のラッパ状の形態や師板を観察することが出来ます。
   
木部 xylem
  道管,木部柔組織,木部繊維などから成る組織です。
   
木部繊維組織
  木部の髄側に見られる厚壁組織です。師部繊維同様,細長く伸長した細胞で構成されるため,「繊維」と呼ばれています。
   
導管 vessel
  根で吸収した水や無機物を吸い上げるための管です。細胞は死んでいます。通常,細胞壁が肥厚し,肥厚の様子によって螺旋紋導管,孔紋導管などに分類されます。これらの導管の型は,維管束を縦に切ると分かりやすいですが,横断面でも確認出来,ここでは螺旋紋導管,環紋導管,孔紋導管の3種類が観察出来ます。
   
破生細胞間隙
  そこにあった細胞が壊れ,その部分が孔のように抜けたものです。ここでは原生木部である螺旋紋導管が崩壊して出来たものです。
   
柔組織 parenchyma
  植物体で最も普通に見られる組織です。通常,細胞壁が薄く原形質に富みます。植物の代謝に関わるほとんどは柔組織で行われています。
 
学生実習の実際

 ススキの維管束は,師部と木部がコンパクトにまとまっており,センニンソウと比べてスケッチしやすいと思います。塗り絵にするよりも,1個の維管束を大きくスケッチさせると良いでしょう。切片作製には注意が必要で,カミソリの刃が通らないほど堅い事がしばしばあり,これを強引に切ろうとすると怪我をする危険があります。ミクロトームを使えない場合は,教員が切片を用意した方が良いでしょう。

 
<余談>ススキの維管束の写真墨(スミ)入れ
 著者は2001年から2004年まで,植物組織を観察する実習で「写真墨(スミ)入れ」を行っていました。 製図における「墨入れ」とは,通常,鉛筆でスケッチした下図を印刷に使えるように墨やインクを使って仕上げる事をいいます。ここではスケッチしたものではなく,印画紙に写した写真に墨を入れ,後に写真を抜くという作業をして,最終的に墨入れをした線だけを残します。かつて写真屋で行われていた技術で,女性の顔のシミなど修正するのに用いられたそうです。これを植物組織の実習に応用すると,著者の描いているような顕微鏡画を学生自身が描き,手元に残すことが出来ます。ところが,何しろ準備が面倒なこと,シアン化物とニクロム酸カリウムなどの劇物を使うため危険を伴うこと,廃液処理が面倒なこと,デジタルカメラの普及に伴って印画紙やフィルムの値段が高騰したことなどから,現在,「写真墨入れ」をするところは無いと思いますし,著者も二度とやる事はないと思います。ただ,忘れ去られてしまうには惜しい技術なので,ここに手順を書き残すことにしました。
 
実習準備…ススキの維管束の写真を投影,引き伸ばした印画紙を学生の人数分用意します。
 
手順1.
 あらかじめ白黒フィルムで撮影したススキの維管束を,暗室で印画紙(フジグラフ プロジェクションペーパーD.(薄手))に投影,引き伸ばします。
 
手順2. 感光
 印画紙には写真フィルムと同様、感光物質として臭化銀(AgBr)が塗布されています。これに光が当たると光が当たった部位のAgBr結晶中に微量の銀原子からなる塊が生成されます。投影時間は個人の感覚ですが、今回は露光タイマーを用いて16秒としました。ここでは,投影時間が長すぎて,印画紙に写真が濃く映り過ぎないように注意しなければなりません。ボンヤリと薄く映っているのがベストです。通常の写真のように鮮明に写してしまうと,学生が墨を入れようとする際,墨の線が見えづらくなってしまいます。
 
手順3. 現像
 今回用いた現像液は印画紙現像用のコレクトールです。現像液にはヒドロキノンが含まれており、還元剤としてAg+を還元してAg原子に変える働きがあります。現像は光によって生じた微量のAg原子の触媒作用によって現像液中でAg原子の周りのAg+イオンが次々と還元されてAgが生成されて目に見える像となって現れます。この光化学還元反応を止める時間によって像の明暗(濃淡)が異なります。今回は20℃前後で20~30秒、実際には浮かんできた像の濃さを見て判断しました。
 
手順4. 停止
 1.5%酢酸に5~10秒浸して、反応を止めます。
 
手順5. 定着
 定着液に約5分間浸します。定着液にはチオ硫酸ナトリウムが含まれています。現像した際に還元されずに残ったAgBr(光の当たらなかった部分)が定着液中に溶け出して印画紙上から除かれます。
 
手順6. 水洗
 定着液を洗い流すと、光の当たらなかった部分は白く、光の当たった部分は黒くなって残り、白黒写真が完成します。
 

手順7. ドライウェル *この作業は省いても良い

 光沢を出したいときや早く乾かしたいときにはドライウェルに浸した後,ドライヤーを使って乾かします。今回は光沢を出すとスミ入れに支障が出るため、自然乾燥させました。
 
 ここまでを実習前にTAが行います。当時は100名前後の学生対象の実習でしたので,100枚用意する必要がありましたが,手順2, 3に失敗し,像が鮮明もしくは濃く映り過ぎてしまい,ボツになる印画紙がかなりの枚数出ます。余った分は翌年に回せるので最低200枚は作ったでしょうか。作成した50枚以上がボツになった事もあったりと,今にして思えばバブリーな実習でした。
 
実習…写真墨入れ
 
準備するもの
 維管束を写した印画紙,丸ペン(1人当たり12本)とペン軸,墨(墨汁不可),硯,5%二クロム酸カリウム(重クロム酸カリウム)水溶液,ススキの維管束のプレパラート(事前に人数分作成),5-10% シアン化カリウム(KCN)水溶液。
 
手順1. 墨を磨る
 5%二クロム酸カリウム水溶液を適量硯に入れ,墨を磨ります。二クロム酸カリウムを含む墨を使う事で墨を印画紙に焼き付けます。ニクロム酸カリウムはいわゆる「六価クロム」の一つで劇物です。取扱と廃液処理には注意が必要です。
 
手順2. 墨を入れる
 顕微鏡を用意し,40倍の対物レンズで維管束のプレパラートを観察しながら,印画紙の写真に墨を入れます。この時,線の太さと細胞壁の厚さに十分注意する必要があります。丸ペンのペン先はすぐに潰れ,線が太くなってきます。丸ペンを頻繁に交換し,常に細い線で描かねばなりません。一枚の墨入れに丸ペン12本全て使い切るようにします。また,印画紙の写真は引き伸ばされているため,実際の細胞壁よりも厚く映っています。従って,顕微鏡で本来の細胞壁の厚さを確かめながら墨を入れなければなりません。顕微鏡を覗かず,ただ写真をなぞると細胞壁が極端に厚い,不自然なスケッチとなります。丁寧に注意深く墨を入れる事を徹底させます。墨入れが終わったらすぐに硯を水洗いします。二クロム酸カリウムを含んだ墨を使っているため,良く洗わないと硯が割れてしまいます。
 
手順3. 直射日光に数時間当てる
 直射日光に当て,二クロム酸カリウムによって紙に墨を焼き付けます。
 
手順4. 写真を抜く
 墨が十分に乾いたら,印画紙を5~10%シアン化カリウム(KCN)水溶液に浸します。写真に定着していたAg原子を5~10%シアン化カリウム水溶液に溶け出させることによって写真が消え,墨で描いた線だけが残ります。シアン化カリウムは俗に言う「青酸カリ」です。猛毒なのでこの作業は必ず屋外又はドラフトの下で行います。廃液処理はTAか教員が行います。
 
手順5. 水洗,乾燥
 写真が完全に消えたら,シアン化カリウムを水で洗い流した後,乾燥させます。乾燥棚に印画紙を並べ終えたら実習終了です。翌日には乾きます。
 
手順6. 修正と用語の書き込み
 乾いた印画紙を良く見て,線の切れているところを修正します。写真は既に消えているので,二クロム酸カリウム水溶液で墨を磨る必要はなく,墨汁か水道水で磨った墨を使います。修正後,印画紙をコピーします。原図は大切に保管し,コピーした紙に師部,木部,導管,師部繊維,木部繊維,破生細胞間隙などの用語を書き入れます。
 
写真墨入れによって作成したススキの維管束のスケッチ *悪い例
 
 このスケッチはある不良学生(21歳位の著者?)が実習で作成したものです。線が太すぎる,はみ出している,師部繊維の細胞壁を描いていない,線と線とをきちんと結んでいない,書き入れた用語が間違っているなど,見るに堪えず,晒し者もいいところです。もちろん,多くの学生は写真墨入れによって,プロが描いたような顕微鏡画を描くと思います。フィルムカメラが全盛だった頃は,墨入れと写真抜きの技術を学ぶだけでも大きな意義があったと思いますが,今となってはほとんど使うことは無いでしょう。準備に手間がかかるのはもちろんですが,二クロム酸カリウムやシアン化カリウムの使用は事故の危険性や廃液処理を考えると学生実習としては負荷が大きいと考えられます。やはり学生自身にスケッチさせた方が実習としての教育効果が高いと思います。2005年以降はセンニンソウやジャガイモの観察に切り替え,ススキの写真墨入れは止めました。
 
 

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