作成者:鈴木雅大 作成日:2020年11月22日 |
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Chondracanthus saundersii C.W. Schneider & C.E. Lane 2005: 70. Figs 12-18 |
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紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),マサゴシバリ亜綱(Subclass Rhodymeniophycidae),スギノリ目(Order Gigartinales),スギノリ科(Family Gigartinaceae),スギノリ属(Genus Chondracanthus) |
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掲載情報 |
Cabrera et al. 2009: 86-87. Fig. 1; Rocha-Jorge et al. 2018: 897. Figs 3e, 3f, 4; Soares et al. 2018: 335. Fig. 8 a-h; Suzuki et al. 2021: 84, 85. Figs 3a-d. |
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Type locality: Bermuda. |
Holotype: MICH. |
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分類に関するメモ:Chondracanthus saundersiiは,Schneider & Lane (2005) がバミューダで記載した種です。Suzuki et al. (2021) は鹿児島県馬毛島沖からC. saundersiiを報告しました。 |
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採集地:鹿児島県 馬毛島沖;採集日:2017年7月20日;撮影者:鈴木雅大 |
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体の横断面(採集地:鹿児島県 馬毛島沖;採集日:2017年7月20日) |
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体の縦断面(採集地:鹿児島県 馬毛島沖;採集日:2017年7月20日) |
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鹿児島県馬毛島沖で鹿児島大学水産学部附属実習船「南星丸」を利用して行われたドレッジ調査で採集されたもので,水深35mという深所から採集されました。rbcLとcox1遺伝子の配列を決定し,国際塩基配列データベースで公開されている遺伝子配列と比較したところ,バミューダ諸島から記載され,キューバ,ブラジルで報告されているChondracanthus saundersiiであることが示唆されました。馬毛島沖産のサンプルのrbcL遺伝子は,バミューダ,キューバ,ブラジル産のサンプルと0.3%しか違いがなく, cox1遺伝子は100%一致していたことから種同定に間違いはないだろうと考えていましたが,論文を投稿したところ,「rbcL 0.3%の違いは別種,cox1が100%一致していても別種として分けるべき」という意見があり,「cox1が100%一致しているのに別種!?」と思わず吹いてしまいました。仮にrbcL遺伝子が0.3%程度しか違わないものを別種とするならば,世界各地で凄まじい数の新種が出てきそうですが…。そこで,rbcL遺伝子の遺伝子解析については,PTP, ABGD, GMYCというDNA-based species delimitation methods (DNAの塩基配列に基く種の境界設定方法)を用いて,3種類全ての方法において,バミューダ,キューバ,ブラジル,馬毛島沖のC. saundersiiが同一種として支持されることを示しました。形態的特徴については,バミューダ産(原記載),ブラジル産,馬毛島沖産を詳細に比較しました。形態的特徴の比較については正直なところ見落としていた箇所があり,皮層を構成する同化糸の細胞数が馬毛島沖産は3-4個であるのに対し,バミューダ産とブラジル産では1-2個でした。ただし,C. saundersiiの原記載では同化糸を拡大した写真がないため,写真から同化糸の細胞数を判断出来ず(Schneider & Lane 2005),ブラジル産は本文に「one to two」と書かれているのですが,Rocha-Jorge et al. (2018)とSoares et al. (2018)の写真に写っている同化糸の細胞はどう見ても3, 4個あるため,数え方を間違えているように思えます。同化糸の細胞数についてはバミューダ産,ブラジル産のサンプルを改めて観察する必要がありますが,それ以外の特徴は互いの形態的特徴の幅に収まるので,最終的に馬毛島沖産のサンプルをC. saundersiiとすることをeditorに納得して頂き,日本新産種として発表しました(Suzuki et al. 2021)。和名は「ナンカイスギノリ(南海杉海苔)」を考えていますが,共著者と検討中で,日本藻類学会の和文誌「藻類」に掲載される英文誌和文要旨にて発表する予定です。
注.遺伝子配列の差異の幅は,紅藻類のグループによって異なるのでrbcL遺伝子の差異が0.3%というのは必ずしも小さいということにはならないのですが,受け入れ難い値ではあると思います。 それにしても,バミューダやブラジルに生育するものが日本で見つかったのは不思議です。バミューダとブラジルもかなり離れていますが,一応大西洋です。それがまさか北太平洋西部で見つかるとは思いもしませんでした。馬毛島沖,バミューダ,ブラジルにおけるC. saundersiiは生育環境が異なっており,馬毛島沖産が水深35mの深所に生育するのに対し,バミューダ産は水深3-6m, ブラジル産は潮間帯です。これでは種同定にクレームが来るのも当然で,著者もrbcLとcox1の2種類の遺伝子で同様の結果が出ていなければ判断に迷ったところです。C. saundersiiのように地理的に大きく離れたところに生育する海藻が日本で見つかるケースは決して少なくはないのですが(シキンノリ(C. chamissoi),カヅノイバラ(Hypnea cervicornis),サイミ(Gymnogongrus durvillei),セトウチハネグサ(Symphyocladiella dendroidea)など),分布パターンを説明するのは難しく,正直なところ分かりません。生育地が馬毛島沖なだけに移入という可能性は考えにくいのですが,馬毛島沖を外国船籍の船が航行することもあるので,可能性はゼロとは言えないでしょう。分布パターンや移入の可能性などを調べるためには系統地理学的研究が必要ですが,そのためにはもっと多くのサンプル,出来れば日本以外の太平洋地域で採集されたサンプルが必要です。そもそも採集が難しそうな種ですが,これを機会に南西諸島などで見つかることを願っております。 |
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スギノリ属(Chondracanthus)の種の境界 |
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cox1遺伝子を用いたベイズ法の系統樹と種の区分 |
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Chondracanthus saundersiiのrbcL遺伝子の差異が問題になったため,PTP, ABGD, GMYCという3種類のDNA-based species delimitation methods (DNAの塩基配列に基く種の境界設定方法)を行いました。結果はSuzuki et al. (2021)を見て欲しいのですが,rbcL遺伝子を用いた解析において,C. saundersiiの件は解決したものの,シキンノリ(C. chamissoi)を除く日本産4種(カイノリ(C. intermedius),C. okamurae,C. cincinnus,スギノリ(C. tenellus))は種の境界を判断することができないという結果になりました。rbcL遺伝子はバーコーディングなどの種の境界を判断するマーカーとしては使いづらいことから,cox1遺伝子でも同様の解析を行いました。cox1遺伝子が100%一致しているC. saundersiiには直接関係しないため論文には掲載しなかったのですが,せっかくなので本サイトに掲載することにしました。cox1遺伝子を用いた解析では,ABGD以外は同じ結果となり,rbcL遺伝子を用いた解析では種の境界が曖昧だった種が整理されたように見えます。ただし,Yang & Kim (2016) がカイノリと区別して新種記載したC. cincinnusは,カイノリと同一種という判定結果が出ています。カイノリとC. cincinnusはcox1遺伝子の配列の差異が1.0%で,別種とするには差異が小さいことから,予想通りの結果ではあります。著者はC. cincinnusはカイノリに限りなく近いと考えていますが,遺伝子配列の差異だけで安易に種を判断する危険性をC. saundersiiを通して改めて認識したので(そう言いつつも遺伝子配列を基に種同定の判断をしましたが…),C. cincinnusとカイノリの関係は形態的特徴や生育環境などを考慮して慎重に検討する必要があると思いました。 |
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参考文献 |
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Cabrera, R., O'Shields, B. & López-Bautista, J.M. 2009. Confirmación molecular de Chondracanthus saundersii C.W. Schneider et C.E. Lane para Cuba. Revista de Investigaciones Marinas 30: 85-89. |
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Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2020. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 22 November 2020. |
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