ナガオバネ Schimmelmannia benzaiteniana
 
作成者:鈴木雅大 作成日:2016年8月22日(2022年9月23日更新)
 
ナガオバネ(長尾羽)
Schimmelmannia benzaiteniana M. Hoshino, C. Ino, Kitayama & Kogame 2020: 292, Figs 3-13.
 
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),マサゴシバリ亜綱(Subclass Rhodymeniophycidae),アクロシンフィトン目(Order Acrosymphytales),ナガオバネ科(Family Schimmelmanniaceae),ナガオバネ属(Genus Schimmelmannia
 
*1. 吉田(1998)「新日本海藻誌」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),真正紅藻亜綱(Subclass Florideophycidae),スギノリ目(Order Gigartinales),イトフノリ科(Family Gloiosiphoniaceae),ナガオバネ属(Genus Schimmelmannia)*S. plumosaとして
*2. 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),スギノリ目(Order Gigartinales),イトフノリ科(Family Gloiosiphoniaceae),ナガオバネ属(Genus Schimmelmannia)*S. plumosaとして
 
掲載情報
中庭 2021: 114-115. Fig. 3.
 
その他の異名
  Baylesia plumosa auct. non Setchell (1912: 249. Pl. 29, Fig. 11); 岡村 1927: 167-169. 178-180. Pl. 245; 1936: 480. Fig. 222; 瀬川 1938: 1987. Fig. 1.
  Schimmelmannia plumosa auct. non (Setchell) I.A. Abbott (1961: 379. p.p.); Abbott 1961: 379. p.p.; Umezaki 1967: 170-172. Fig. 2; 中庭 1969: 65, 66. Fig. 1; Chihara 1972: 316. Pl. 3; 吉田 1998: 696. Pl. 3-45, Fig. H; 中庭 2020: 53.
 
Type locality: 神奈川県 藤沢市 江ノ島.
Holotype specimen: SAP091525(北海道大学大学院理学研究院植物標本庫)
 
環境省レッドリスト2020:情報不足 (DD);茨城県版レッドデータブック2020年版:絶滅;千葉県レッドデータブック植物・菌類編 2023年改訂版:情報不足種
 
分類に関するメモ:ナガオバネは従来,カリフォルニアに生育するSchimmelmannia plumosaとされてきましたが,Hoshino et al. (2020) は遺伝子解析と形態的特徴を基にナガオバネを新種S. benzaitenianaとして記載しました。
 
ナガオバネ Schimmelmannia benzaiteniana
撮影地:東京都 江戸川区 臨海町 葛西臨海水族園;撮影日:2019年4月27日;撮影者:鈴木雅大
 
ナガオバネ Schimmelmannia benzaiteniana
撮影地:東京都 江戸川区 臨海町 葛西臨海水族園;撮影日:2016年7月23日;撮影者:鈴木雅大
 

関東地方から伊豆地方において,「幻の海藻」として知られている紅藻類です(注1)。紅藻類の中では大型の部類に入りますが,報告例が極めて少なく,生きている個体に出会う機会は少ないと言われています。高さは大きいもので30 cmを超え,岩に垂れ下がるように群生します。見つかるときには必ず複数個体見つかるので,押し葉標本はたくさん残されているのですが,一月後,あるいは一年後に同じ場所に行ってみると,跡形もなく無くなっていると言われています。著者の恩師 故吉﨑 誠 先生(東邦大学名誉教授)も,磯で生のナガオバネを見つけ,標本を作られた方の一人です。吉﨑先生とともに,ナガオバネが生えていたという茨城県日立市の磯を何度か訪ねましたが,欠片も見つけることは出来ませんでした。これまでにナガオバネの生育が確認されたのは,茨城県日立市,千葉県銚子市,神奈川県江の島,神奈川県葉山,伊豆半島下田,静岡県相良などです。いずれも著名な海藻採集地で,これまで何十人(100人以上?)もの海藻研究者が採集に訪れていますが,ナガオバネを採集したのは10数名程度,ほとんどは一度見たきりで,その後二度と見ることはなかったといいます。他に似ている海藻はなく,これだけ目立つ海藻がなぜ見つからないのか,本当に不思議です。

注1. ナガオバネ=「幻の海藻」と称するのは,あくまでも著者の私見です。中庭(2021)には,ナガオバネを「幻の海藻」と称することについて「鈴木雅大博士(私信)」と書かれているのですが,著者は,茨城県のナガオバネについて,中庭先生と話をしたことは一度もなく,学術論文に著者の「私信」と書かれていることに困惑しました。

関東地方の磯場を主なフィールドとしてきた者として,「標本ではなく生きているナガオバネを見たい」と思いながら何年も経ちましたが,2016年,ようやく目にする機会が訪れました。3歳になる娘を連れて葛西臨海水族園に行ったときです。人工の磯場に漂っている房状の紅藻を見つけました。すぐに「ナガオバネだ!」と思いました。実は,葛西臨海水族園では過去に水槽でナガオバネが見つかったことがあり,もしかしたらと思っていました。残念ながら人工環境で採集したものは,どこから来たものか由来がはっきりしないため,研究用のサンプルとしては使えず,写真だけ撮って戻しました(注2)が,著者の長年の夢が一つ叶いました。次の目標は,本種を自然の磯場で見つけることです。

注2.葛西臨海水族園の人工磯場では,2016年,2019年にナガオバネを確認していますが,いずれも磯場に漂っていたもので,石や壁などの基質に着生していたものではありません。このため手に取って見ることが出来たのですが,大型藻類である以上,仮根枝で基質に着生していたはずです。ある程度の大きさになると基質から剥がれ落ちるのか,人工磯場の環境によるものなのかは分かりませんが,不思議な生態だと思いました。

 
Schimmelmannia benzaitenianaS. formosana
 
ナガオバネは従来,カリフォルニアに生育するS. plumosaとされてきましたが,Hoshino et al. (2020) は遺伝子解析と形態的特徴を基にナガオバネを新種S. benzaitenianaとして記載しました。北太平洋西岸に生育するSchimmelmannia属について,Yeh & Yeh (2008) は,台湾北東部で採集したサンプルをS. plumosaとは形態的に異なる新種であるとしてS. formosanaを記載しています。見た目や生育の様子がナガオバネにそっくりで,著者が2009年に台湾海洋大学でポスドクをしていた時,ラボのボスとナガオバネはS. formosanaではないかという話をしておりました。Yeh & Yeh (2008) はS. formosanaについて,日本からの移入の可能性を論じていますが,台湾北東部は本州太平洋沿岸中部と共通する種類が多いので,ナガオバネが分布していてもおかしくはないだろうと思っていました(注)。S. formosanaは遺伝子配列が決定されておらず,ナガオバネ(= S. benzaiteniana)とは形態的特徴を比較するしかありません。Hoshino et al. (2020) によると,両種は体構造において,周心細胞の数に違いがあり,S. formosanaは周心細胞が4個,ナガオバネ(= S. benzaiteniana)は5個です。Yeh & Yeh (2008) に掲載されているS. formosanaの周心細胞の写真には若干違和感を覚えるものの,Yeh & Yeh (2008) はSchimmelmannia属の種を区別する特徴として周心細胞の数を挙げているので,よもや間違いということはないでしょう。周心細胞の数以外に決定的な違いがないため一抹の不安は残るものの,幻とも言われたナガオバネの分類が整理されたことは喜ばしく,感慨深いものがあります。

注.S. formosanaは2005年に採集されたきり,その後見つかっておらず,Yeh & Yeh (2008)は移入した個体が定着出来ずにいなくなったと考えているようです。繁茂した後,突然いなくなるというのもナガオバネっぽいと思いました。

 
参考文献
 
Abbott, I.A. 1961. On Schimmelmannia from California and Japan. Pacific Naturalist 2: 379-386..
 
Chihara, M. 1972. Germination of carpospores of Pikea californica and Schimmelmannia plumosa as found in Japan, with special reference to their life history. Bulletin de la Société Botanique de France 119(Supplément): 313-322.
 
Guiry, M. D. and Guiry, G. M. 2016. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 22 August 2016.
 
Hoshino, M., Ino, C., Kitayama, T. and Kogame, K. 2020. Integrative systematics approaches revealed that the rare red alga Schimmelmannia (Shimmelmanniaceae, Acrosymphytales) from Japan is a new species: The description of S. benzaiteniana sp. nov. Phycological Research 68: 290-297.
 
中庭正人 1969. 紅藻植物ナガオバネ Schimmelmannia plumosa (SETCHELL) ABBOTT茨城県海岸に産す.藻類 17: 65-67.
 
中庭正人 2020. ナガオバネ.In: 茨城における絶滅のおそれのある野生生物 蘚苔類・藻類・地衣類・菌類編 2020年版(茨城県版レッドデータブック).p. 53. 茨城県民生活環境部自然環境課,水戸.
 
中庭正人 2021. 茨城県沿岸の絶滅した海藻(1895-2018).茨城県自然博物館研究報告 (24): 111-119.
 
岡村金太郎 1927. 日本藻類圖譜 第5巻 第9集.東京.*自費出版.
 
岡村金太郎 1936. 日本海藻誌.964 pp. 内田老鶴圃,東京.
 
瀬川宗吉 1938. ナガオバネの嚢果の出来方.植物及動物 6: 1987-1990.
 
Setchell, W.A. 1912. Algae novae et minus cognitae, I. University of California Publications in Botany 4: 229-268.
 
Umezaki, I. 1967. Notes on some marine algae from Japan (1). Journal of Japanese Botany 42: 169-174.
 
Yeh, W.-J. and Yeh, C.C. 2008. Schimmelmannia formosana (Acrosymphytaceae, Rhodophyta) from Taiwan. Phycologia 47: 337-345.
 
吉田忠生 1998. 新日本海藻誌.1222 pp. 内田老鶴圃,東京.
 
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189.
 
 
写真で見る生物の系統と分類真核生物ドメインスーパーグループ プランテ紅藻植物門真正紅藻綱マサゴシバリ亜綱
 
日本産海藻リスト紅藻植物門真正紅藻亜門真正紅藻綱マサゴシバリ亜綱アクロシンフィトン目ナガオバネ科ナガオバネ属ナガオバネ
 
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