大系統を勉強するには

監修:大田修平・鈴木雅大 作成日:2010年9月25日(2011年1月14日更新)
 
高等学校の教科書,資料集に掲載されるようになるのはまだまだ先の事だと思いますが,大系統に関する総説は決して少なくありません。大系統を勉強するのに必要なもの,それはあらゆる生き物に対する興味と好奇心に他なりません。ここでは,大系統の勉強と理解を助ける本,総説,図鑑,ウェブサイトなどを紹介します。
 
1. 大系統について勉強する
 
図書
 
井上 勲 2007. 藻類30億年の自然史 藻類から見る生物進化・地球・環境 第2版. 東海大学出版会,神奈川(秦野),643 pp. 3,990円.
  藻類の進化と多様性について,最新の知見に基づいて書かれた好著です。初めて読む方には難解な箇所もあると思いますが,日本語で書かれた啓蒙書としては最も詳しく,かつ豊富な内容です。「藻類学」としてではなく「生物学」の教科書(井上先生は「教科書ではない」と謙遜?されていましたが)として,生物を学んでいる方には,ぜひ読んでいただきたい本です(鈴木)。
 
雑誌に掲載された総説 *発表された年が新しい順に掲載しています。
大系統に関する新知見は毎年のように発表されています。和文で読める総説も1, 2年で新しくなる程です。どこで区切るか悩みましたが,ここでは最近5年間に発表された和文の総説のみ掲載しました。英文の総説については近日中に改めて掲載します。
 
植物科学の最前線 第1巻 2010年
  日本植物学会がオンライン発行している和文の総説集です。第一巻では,A.「進化の原動力=細胞内共生」というタイトルで,大系統に関する最近の知見を紹介しています。クロミスタ,アルベオラータ,ハテナ,リザリア,ユーグレナ,シャジクモなど,真核生物の世界を構成する様々な系統群について学ぶ事が出来ます。また,仲田博士執筆の「古今東西の植物の定義:これは植物ですか?と聞かれたら」では,二界説から現代までの変遷を学ぶ事が出来ます。B. 「分子でみる光合成生物の多様性・生態・環境」と共に読まれる事をお勧めします(鈴木)。
 
井上 勲 2007. 真核生物の起源と多様化. 生物の科学 遺伝 第61巻 第6号 p. 43-47.
 
石田健一郎, 小池さやか, 平川泰久 2007. 葉緑体の誕生と水平伝播. In: 細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ23「植物の進化」, 清水健太郎, 長谷部光泰 (編). 秀潤社, pp. 183-191.
 
井上 勲 2006. シアノバクテリアが歩んだ道ー真核光合成生物の進化と多様化ー. 生物の科学 遺伝 第60巻 第6号 p. 15-20.
 
野崎久義 2005. 葉緑体の進化ー単系統性と二次共生. In: 蛋白質 核酸 酵素 11月号増刊 「二層膜オルガネラの遺伝学」, 林 純一・杉山康雄・坂本 亘・田中 寛・正木晴彦(編). 共立出版, pp. 1833-1837.
 
井上 勲 2005. 真核光合成生物の系統と進化:真核生物における植物化のプロセス. 宇宙生物科学 第19巻 第4号 p. 276-283.
 
 
ウェブサイト
 
Tree of Life Web Project (ToL)
  生物の多様性と系統を紹介しているオンラインプロジェクトです。500人以上の専門家が執筆協力しており,生物界を構成する生き物の詳細な情報を各分類群ごとに勉強出来ます。
 
筑波大学藻類画像データ
  筑波大学生物科学系植物系統分類学研究室が管理・運営しているページです。現在の大系統の分類体系からみると若干更新が必要な箇所もありますが,藻類の多様性,生物進化と系統を綺麗な写真とカラー図版と共に勉強出来ます(鈴木)。
 
2. 藻類とプロチストを観察する
  藻類とプロチストは,通常私たちの目にとまることはありません。観察するには,池または海から水を採取し,顕微鏡で観察します。ここでは,藻類とプロチストの観察,同定に役立つ本,ウェブサイトを紹介します。
 
図書
 
Carmelo R. Tomas (ed.) 1997. Identifying Marine Phytoplankton,Academic Press,San Diego,USA. 858 pp,英語,ペーパーバック(参考価格,約12,000円)
  海産のプランクトン図鑑です。1995年に出版された「Identifying Marine Diatoms and Dinoflagellates」の改訂増補版です。図,写真,種の解説,シノニムリスト,レファレンスがしっかりしており,種の同定を行いやすく,私の場合,現場で一番役立つ図鑑のひとつとなっています(大田)。
 
千葉県史料研究財団 編. 1998. 千葉県の自然誌 本編4 千葉県の植物1. 千葉県,837 pp.,9,700円
 

地方の生物誌ということであまり知られていませんが,海産と淡水産の微細藻類,大型藻類,菌類,地衣類,細菌まで幅広く掲載されています。ほとんどの種類が写真で紹介されている上,執筆者が地方の自然誌としては考えられない程の専門家揃いなので内容も充実しています。(鈴木)

 
岩国市立ミクロ生物館 監修. 末友靖隆 編著. 2011. 日本の海産プランクトン図鑑. 共立出版,東京,205 pp.,2,520円
  海産の単細胞藻類,原生生物や動物プランクトンを分かり易く紹介している図鑑です。日本の海で一般的に見られる種類が写真で紹介されている上,映像集(DVD)も付いてきます。また,掲載種全てに和名を付けるなど,入門者や一般の方々の理解を助ける配慮が随所で見られます。(鈴木)
 
Lee, J. J., Godron F. Leedale and Phyllis Bradbury (eds.) 2000. Illustrated Guide to the Protozoa. 2nd edition. 2000. [2 vols], Society of Protozoologists.  4200 illus, 1432 pp., 英語,ハードカバー(参考価格,152ユーロ)
  68名の専門家による原生動物の図鑑です。2000年に全面改訂され第2版が出版されました。図版が豊富で,検索表,レファレンスがしっかりしているため,初学者にお勧めですが,専門家の分類学的研究の参考文献としても使用できる図鑑です(大田)。
 
宮道 慎二(編)2006. 微生物の世界.筑波出版会, つくば,230pp.,12,600円
  藻類,菌類だけでなく,ウイルス,原核生物までも網羅している微生物の写真集です。「単細胞生物」もこんなに美しかったのか,と認識させられる本です(大田)。
 
滋賀県立衛生環境センター・一瀬 諭・若林徹哉 監修. 滋賀の理科教材研究委員会 編. 2005. やさしい日本の淡水プランクトン図解ハンドブック.合同出版, 3,990円
 

鈴木は海藻(大型藻)の専門家で,微細藻類やプロチスト,すなわちプランクトンについては全くの素人でした。2006年,大田さんから紹介されたこの本を頼りに,霞ヶ浦や印旛沼の水を採取し,プランクトンを観察,勉強しました。プランクトンの観察の入門に最適な本です(鈴木)。

 
滋賀県立衛生環境センター・一瀬 諭・若林徹哉 監修. 滋賀の理科教材研究委員会 編. 2007. 普及版 やさしい日本の淡水プランクトン図解ハンドブック.合同出版, 滋賀, 150 pp. 1,890 円.
  上述の本の普及版です。ペーパーバックなので安価です。
 
Suesswasserflora von Mitteleuropa (Freshwater Flora of Central Europe), ドイツ語(1冊約60〜140ユーロ,巻によって異なります)
  ヨーロッパの淡水産微細藻,菌類の図鑑シリーズです。分類群ごとに分冊になっています。美しい線画,写真に加え,種のデスクリプションが大変詳しく,完成度の高い図鑑になっています。とくにシアノバクテリアや渦鞭毛藻、緑色植物の巻はお勧めです。少々割高の本ですが,眺めているだけで幸せになれる図鑑です(大田)。
 
月井雄二 著. 2010. 原生生物ビジュアルガイドブック 淡水微生物図鑑 日本国内に生息する原生生物375属/807種. 誠文堂新光社, 東京, 240 pp. 3,570円.
  後述のウェブサイト「原生生物情報サーバ」で公開されている約8万点の画像の中から選りすぐった375属,807種の藻類と原生生物(珪藻を除く)が掲載されています。写真の豊富さに加え,全種に簡単な記載文が載っており,現場で重宝する事請け合いの図鑑です(鈴木)。
 
ウェブサイト
 
原生生物情報サーバ
 

法政大学の月井雄二教授が作成・公開している原生生物の画像データベース及び関連する様々な情報が紹介されています。15年間に渡って更新を続けられ,約8万点の原生生物の画像が公開されています。原生生物に関してこれだけの情報量を誇るデータベースは国内外に類を見ないものだと思います(鈴木)

 
藻類とプロチストについて勉強出来る場所
 
岩国市立ミクロ生物館 ウェブサイト:http://www.shiokaze-kouen.net/micro/
  山口県岩国市にある博物館です。藻類,プロチストを含むミクロ生物(肉眼では見づらい小さな生物)の展示,解説を行っています。身近なミクロ生物の世界を実感する事が出来ます。原生動物学雑誌 第39巻(オンラインで閲覧出来ます)に掲載されたミニレビューを読むと訪ねたくなる事請け合いです(鈴木)。
  末友靖隆・佐野明子・小田一郎 2006. 世界初の原生生物博物館 ミクロ生物館. 原生動物学雑誌 第39巻 第1号 p. 63-67.
 
3. 話題を呼んだ藻類とプロチスト
 藻類とプロチストの中でも,特に注目されている生き物たちです。
 
ハテナ Hatena arenicola
  半藻半獣の生き物として一躍有名になった海産の単細胞生物です。
 
井上 勲 2006. 「植物になる」という進化:ハテナをめぐってー. サイエンスネット 第26号 p. 10-13.
 
井上 勲 2007. 藻類30億年の自然史 藻類から見る生物進化・地球・環境 第2版. 東海大学出版会,神奈川(秦野),643 pp. 3,990円.
 
井上 勲・岡本典子 2006. ハテナという生物:植物になるということ. 日本植物学会 研究トピック 第1回
 
井上 勲・岡本典子 2007. 植物になるという進化 -ハテナ発見の意義ー. 細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ23,植物の進化 基本概念からモデル生物を活用した比較・進化ゲノム学まで(清水健太郎・長谷部光泰 監修). pp.
 
Okamoto, N. and Inouye, I. 2005. A secondary symbiosis in progress? Science 310: 287.
 
Okamoto, N. and Inouye, I. 2006. Hatena arenicola gen. et sp. nov., a Katablepharid undergoing probable plastid acquisition. Protist 157: 401-419.
 
岡本典子・井上 勲 2006. 二次共生による植物の多様化 ハテナと半藻半獣モデル. 化学と生物 第44巻 第11号 785-789.
 
山口晴代 2010. 動物と植物のあいだ?—半藻半獣の生き物ハテナ—. 植物科学の最前線 第1巻 pp. 16-20.
 
ポーリネラ・クロマトフォラ Paulinella chromatophora
リザリアというグループに所属する淡水産の単細胞生物です。シアネレと呼ばれる構造を持ち,これはこれまでの一次植物とは別の経路で新たに獲得された葉緑体と考えられています。一次植物については葉緑体成立の過程がほとんど明らかになっていなかった事から,ポーリネラへの期待と関心が高まっています(鈴木)。
 
Body, A., Mackiewicz, P., Stiller, J. W. 2007. The intracellular cyanobacteria of Paulinella chromatophora: endosymbionts or organelles? Trends in Microbiology 15: 295–296.
 
Body, A., Mackiewicz, P. and J. W. Stiller, J. W. 2010. Comparative genomic studies suggest that the cyanobacterial endosymbionts of the amoeba Paulinella chromatophora possess an import apparatus for nuclear-encoded proteins. Plant Biology 12: 639-649.
 
井上 勲 2007. 藻類30億年の自然史 藻類から見る生物進化・地球・環境 第2版. 東海大学出版会,神奈川(秦野),643 pp. 3,990円.
 
Marin, B., Nowack, E. C. and Melkonian, M. 2005. A plastid in the making: evidence for a second primary endosymbiosis. Protist 156: 425-432.
 
Marin, B., Nowack, E. C., Gloeckner, G., Melkonian, M. 2007. The ancestor of the Paulinella chromatophore obtained a carboxysomal operon by horizontal gene transfer from a Nitrococcus-like
gamma-proteobacterium. BMC Evolutionary Biology 7: 85.
 
中山卓郎 2009. 新たなる一次葉緑体の獲得 -Paulinella chromatophoraに見られる共生関係-. 藻類 第57巻 第2号 pp. 98-100.
 
中山卓郎・石田健一郎 2008. もう一つの一次共生? -Paulinella chromatophoraとそのシアネレ-. 原生動物学雑誌 第41 巻 第1 号 pp. 27-31.
 
Nakayama, T. and Ishida, K. 2009 Another acquisition of a primary photosynthetic organelle is underway in Paulinella chromatophora. Current Biology 19: 284–285.
 
Yoon, H. S., Reyes-Prieto, A., Melkonian, M. and Bhattacharya, D. 2006 Minimal plastid genome evolution in the Paulinella endosymbiont. Current Biology 16: R670-672.
 
 
藻類・原生生物の分類と解説
 
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