Virescentia sp.
 
作成者:鈴木雅大 作成日:2017年2月14日(2020年11月14日更新)
 
アオカワモズク属の1種
Virescentia sp. "Japanese haplotype 1"
 
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),ウミゾウメン亜綱(Subclass Nemaliophycidae),カワモズク目(Order Batrachospermales),カワモズク科(Family Batrachospermaceae),アオカワモズク属(Genus Virescentia
 
その他の異名
  アオカワモズク Batrachospermum sirodotii auct. non Skuja ex Flint (1950); 吉﨑 1996: 275-277. Figs 7-8, 7-10, 7-12; 1997: 142-143. Pl. 2-143(1). Pl. 2-145. Fig. 2-34 (center); 1998: 243, 332-334. Figs 5-70B, 5-73.
 
Virescentia sp.   Virescentia sp.
 
Virescentia sp.
 
Virescentia sp.
撮影地:千葉県 八街市 吉倉 宮ノ下;撮影日:2011年4月2日;撮影者:鈴木雅大
 
Virescentia sp.
押し葉標本(採集地:千葉県 八街市 吉倉 宮ノ下;採集日:2011年4月2日;採集者:鈴木雅大)
 
千葉県で「アオカワモズク」と呼ばれている種類です。関東地方の平野部で普通に見られるカワモズク類で,千葉県の谷津田ではヤツダカワモズク(Sheathia yoshizakiiと共に生育していることが多いです。生育時は緑がかった色をしていますが,押し葉標本を作製すると体色は褪せてしまい,他のカワモズク類とほとんど区別が付かなくなります。採集時や標本作製直後に写真を撮るなどして,色が分かるようにしておく必要があります。

アオカワモズクの色について,こんなエピソードがあります。2008年4月30日,著者の恩師 故 吉﨑 誠先生(東邦大学名誉教授)は,千葉県四街道市でアオカワモズクを採集されました。翌日に観察しようとビンに入れたまま一晩置いたところ,翌朝には緑色が消えて暗褐色に変色しておりました。吉﨑先生に「おい見ろ,アオカワモズクがナツノカワモズク(チャイロカワモズク)になっているぞ!」と言われたのですが,当時,淡水産紅藻に興味のなかった著者は「はあ,そうですか」とつれない返事をしてしまいました。著者がカワモズク類を同定する上で,生育時の色の重要性を知るのはそれから10年以上経ってからでした・・・。

「アオカワモズク」が抱えている分類学的問題や背景は「チャイロカワモズク」と良く似ており,日本産種においてはほぼ同じ状況にあります。「チャイロカワモズク」に倣い,「アオカワモズク」の分類の現状について解説したいと思います。

「アオカワモズク」はBatrachospermum helminthosum(現 Virescentia helminthosa)に対して用いられている和名です(熊野ら 2007)。Necchi et al. (2018) は,カワモズク属(Batrachospermum)の節(section)の階級であったアオカワモズク節(Section Virescentia)を属の階級に格上げし,B. helminthosumをカワモズク属(Batrachospermum)からVirescentia属に移しました。Virescentia属の和名は「アオカワモズク属」とするのが適当でしょう。後述の通り,Virescentia helminthosaの分類には少々複雑な経緯があり,千葉県の「アオカワモズク」の学名と和名については分類学的検討が必要で,現時点では学名,和名共に確定することが出来ないため,本サイトではアオカワモズク属の1種(Virescentia sp.)としています。

 
"Virescentia helminthosa"の分類の変遷
 
Virescentia helminthosaは世界各地に分布していると考えられてきた種類ですが,Chiasson et al. (2003), Hanyuda et al. (2004) による系統地理学的研究によると,V. helminthosa (= B. helminthosum)と同定されているものには,系統的に大きく異なるものが複数含まれており,多数の隠蔽種を混同していることが示唆されました。しかし,形態的特徴がどれも似通っていること,タイプ法に基づく「真の」V. helminthosaがどのサンプルに相当するかが分からないため,解決の見通しが立っていませんでした。

Agostinho & Necchi (2014) は,ノルウェー産のB. helminthosum(現V. helmithosa)を「真の」B. helminthosumとし,B. helminthosumとは系統的に離れているブラジル産の"B. helminthosum" を新種としてB. viride-brasiliense(現V. viride-brasiliensis)を記載しました。Necchi et al. (2018) はフランス,スペイン,ポルトガル産のV. helminthosaを「真の」V. helminthosaと定め,北アメリカ産の"V. helminthosa"を新種としてV. viride-americanaを記載しました。V. viride-americanaV. viride-brasiliensisは形態的には区別出来ず,遺伝子配列の違いと分布域の違いによって区別されます。B. helminthosum(現V. helmithosa)が記載されたのはフランスなので,Necchi et al. (2018) がV. helminthosaとしたサンプルが「真の」V. helminthosaである可能性は高いと思われます。良く似た種が同じ場所に複数生育していることもあるので,確定とは言えませんが,Necchi et al. (2018) に追従するならば,日本で"V. helminthosa"と呼ばれてきた種,すなわち「アオカワモズク」を分類学的に整理することは可能になったと思われます。

 
日本産アオカワモズク属(Virescentia)について
 
日本産の"V. helminthosa"については,Hanyuda et al. (2004)が系統地理学的研究を行っており,5つのハプロタイプに分けられることを報じています。Necchi et al. (2018) を受け,Hanyuda et al. (2004)が公開した"V. helminthosa"のrbcL遺伝子の配列と,著者が千葉県で採集した「アオカワモズク」のrbcL遺伝子の配列をチェックしてみたところ,Necchi et al. (2018) が用いている遺伝子配列及び国際塩基配列データベースで公開されているVirescentia属の遺伝子配列の中で,日本産のサンプルに近似するものはありませんでした。Necchi et al. (2018) の系統解析を参考に種を整理するならば,Hanyuda et al. (2004) における5つのハプロタイプは4種に分けられ,それぞれ新種に相当すると考えられます。著者が千葉県で採集したサンプルは,Hanyuda et al. (2004) における"Japanese haplotype 1"に相当していました。日本産サンプルを便宜上,「アオカワモズク sp.1~sp.4」と呼び分け,Hanyuda et al. (2004) による各サンプルの採集地を挙げると,以下のようになります。
 
アオカワモズク sp.1 = Japanese haplotype 1: 千葉県,茨城県,神奈川県,栃木県,福島県,石川県,福井県,兵庫県,香川県,愛媛県,高知県,福岡県,熊本県,宮崎県,鹿児島県
 
アオカワモズク sp.2 = Japanese haplotype 2: 千葉県,愛媛県
アオカワモズク sp.2 = Japanese haplotype 3: 岩手県 *Japanese haplotype 2と同種と考えられます。
 
アオカワモズク sp.3 = Japanese haplotype 4: 京都府
 
アオカワモズク sp.4 = Japanese haplotype 5: 沖縄県
 
Hanyuda et al. (2004) により,日本各地の「アオカワモズク」が整理されているので,「アオカワモズク sp.1~sp.4」をそれぞれ新種として記載できるのではと思ったのですが,Necchi et al. (2018) によると,Hanyuda et al. (2004) が用いたサンプルは,証拠標本等が残されておらず,分類学的研究を行うために必要な観察が出来ないそうです。つまり,日本各地で再び「アオカワモズク」を採集し,遺伝子配列の決定と形態観察を行う必要があります。かつて「ミドリカワモズク」,「タニカワモズク」と呼ばれていたものの検討も必要になりそうです。Hanyuda et al. (2004) によって整理されているので「チャイロカワモズク」よりはましかもしれませんが,分類学的研究を行うには相当な覚悟が必要だと思います。千葉県八街市で採集したアオカワモズク(Japanese haplotype 1)だけでも記載出来ないかと思いましたが,成熟した個体が1つもなかったため,十分な形態観察が出来ず,分類学的研究を断念せざるを得ませんでした。
 
「アオカワモズク」の扱いについて(まとめ)
 
「アオカワモズク」が置かれている状況は「チャイロカワモズク」と本当に良く似ていると思います。本記事の構成も「チャイロカワモズク」とほぼ同じで結論も一緒なのですが,一応まとめておくと「アオカワモズク」の学名は,当面は従来通り「アオカワモズク = V. helmithosa」とするのが妥当でしょう。本サイトは個人が運営するHPなので,著者の主観に基づき「アオカワモズク属の1種(Virescentia sp.)」としていますが,レッドリストなどの公の文献ではそうはいかないと思います。おそらく4種に分けられるであろうことから,将来的にレッドリストのカテゴリー分けも変わってくると思われ,分類が整理されるの願わずにはおれませんが,海産紅藻の専門家である著者には荷が重く,カワモズク類の分類に取り組む研究者が現れるのを切に願っております。
 
参考文献
 
Agostinho, D.C. and Necchi, O. Jr. 2014. Systematics of the section Virescentia of the genus Batrachospermum (Batrachospermales, Rhodophyta) in Brazil. Phycologia 53: 561-570.
 
Chiasson, W.B., Machesky, N.J. and Vis, M.L. 2003. Phylogeography of a freshwater red alga, Batrachospermum helminthosum, in North America. Phycologia 42: 654-660.
 
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2017. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 14 February 2017.
 
Hanyuda, T., Suzawa, Y., Suzawa, T., Arai, S., Sato, H., Ueda, K. and Kumano, S. 2004. Biogeography and taxonomy of Batrachospermum helminthosum (Batrachospermales, Rhodophyta) in Japan inferred from rbcL gene sequences. Journal of Phycology 40: 581-588.
 
熊野 茂・新井章吾・大谷修司・香村真徳・笠井文絵・佐藤裕司・洲津 譲・田中次郎・千原光雄・中村 武・長谷井稔・比嘉 敦・ 吉﨑 誠・吉田忠生・渡邉 信 2007. 環境省「絶滅のおそれのある種のリスト」(RL) 2007年度版 (植物II・藻類・淡水産紅藻) について.藻類 55: 207-217.
 
Necchi O. Jr, Agostinho, D.C. and Vis, M.L. 2018. Revision of Batrachospermum section Virescentia (Batrachospermales, Rhodophyta) with the establishment of the new genus, Virescentia stat. nov. Cryptogamie Algologie 39: 313-338.
 
吉﨑 誠 1996. 第7章 第1節 淡水藻類.In: 千葉県史料研究財団(編)千葉県の自然誌本編1 千葉県の自然.pp. 271-280. 千葉県.
 
吉﨑 誠 1997. 第2章 VI 大栄町の淡水産藻類.In: 大栄町史.pp. 133-147. 大栄町史編纂委員会,大栄町.
 
吉﨑 誠 1998. 第4章 第2節 1-(1) 大形緑藻と紅藻類.第5章 陸と淡水の藻類 第2節 1. 紅藻綱 Rhodophyceae. In: 千原光雄 編集代表. 千葉県の自然誌本編4 千葉県の植物1. pp. 242-245, 331-334. 千葉県.
 
 
写真で見る生物の系統と分類真核生物ドメインスーパーグループ アーケプラスチダ紅藻植物門真正紅藻綱ウミゾウメン亜綱
 
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