Virescentia spp. | ||||
作成者:鈴木雅大 作成日:2017年2月14日(2022年10月23日更新) | ||||
Virescentia spp. | ||||
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),ウミゾウメン亜綱(Subclass Nemaliophycidae),カワモズク目(Order Batrachospermales),カワモズク科(Family Batrachospermaceae),アオカワモズク属(Genus Virescentia) | ||||
その他の異名 | ||||
アオカワモズク Batrachospermum sirodotii auct. non Skuja ex Flint (1950); 吉﨑 1996: 275-277. Figs 7-8, 7-10, 7-12; 1997: 142-143. Pl. 2-143(1). Pl. 2-145. Fig. 2-34 (center); 1998: 243, 332-334. Figs 5-70B, 5-73. | ||||
アオカワモズク sp. 1 "Virescentia sp. JP sp.1" | ||||
撮影地:千葉県 八街市 吉倉 宮ノ下;撮影日:2011年4月2日;撮影者:鈴木雅大 | ||||
押し葉標本(採集地:千葉県 八街市 吉倉 宮ノ下;採集日:2011年4月2日;採集者:鈴木雅大) | ||||
千葉県で「アオカワモズク」と呼ばれている種類です。関東地方の平野部で普通に見られるカワモズク類で,千葉県の谷津田ではヤツダカワモズク(Sheathia yoshizakii)と共に生育していることが多いです。生育時は緑がかった色をしていますが,押し葉標本を作製すると体色は褪せてしまい,他のカワモズク類とほとんど区別が付かなくなります。採集時や標本作製直後に写真を撮るなどして,色が分かるようにしておく必要があります。
アオカワモズクの色について,こんなエピソードがあります。2008年4月30日,著者の恩師 故 吉﨑 誠先生(東邦大学名誉教授)は,千葉県四街道市でアオカワモズクを採集されました。翌日に観察しようとビンに入れたまま一晩置いたところ,翌朝には緑色が消えて暗褐色に変色しておりました。吉﨑先生に「おい見ろ,アオカワモズクがナツノカワモズク(チャイロカワモズク)になっているぞ!」と言われたのですが,当時,淡水産紅藻に興味のなかった著者は「はあ,そうですか」とつれない返事をしてしまいました。著者がカワモズク類を同定する上で,生育時の色の重要性を知るのはそれから10年以上経ってからでした・・・。 |
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体の拡大写真 | ||||
付着器及び体下部の写真 | ||||
二次輪生枝 | ||||
カワモズク類では,通常の輪生枝(primary fascicle)とは別に,皮層から新たな輪生枝(二次輪生枝,secondary fascicle)を生じることがあります。アオカワモズクは,二次輪生枝(矢印)を頻繁に生じます。 | ||||
"アオカワモズク Virescentia helminthosa"の分類の変遷 | ||||
「アオカワモズク」はBatrachospermum helminthosum(現 Virescentia helminthosa)に対して用いられている和名です(熊野ら 2007)。Necchi et al. (2018) は,カワモズク属(Batrachospermum)の節(section)の階級であったアオカワモズク節(Section Virescentia)を属の階級に格上げし,B. helminthosumをカワモズク属(Batrachospermum)からVirescentia属に移しました。Virescentia属の和名は「アオカワモズク属」とするのが適当でしょう。後述の通り,Virescentia helminthosaの分類には少々複雑な経緯があり,千葉県の「アオカワモズク」の学名と和名については分類学的検討が必要で,現時点では学名,和名共に確定することが出来ないため,本サイトではアオカワモズク属の1種(Virescentia sp.)としています。
Virescentia helminthosaは世界各地に分布していると考えられてきた種類ですが,Chiasson et al. (2003), Hanyuda et al. (2004) による系統地理学的研究によると,V. helminthosa (= B. helminthosum)と同定されているものには,系統的に大きく異なるものが複数含まれており,多数の隠蔽種を混同していることが示唆されました。しかし,形態的特徴がどれも似通っていること,タイプ法に基づく「真の」V. helminthosaがどのサンプルに相当するかが分からないため,解決の見通しが立っていませんでした。 Agostinho & Necchi (2014) は,ノルウェー産のB. helminthosum(現V. helmithosa)を「真の」B. helminthosumとし,B. helminthosumとは系統的に離れているブラジル産の"B. helminthosum" を新種としてB. viride-brasiliense(現V. viride-brasiliensis)を記載しました。Necchi et al. (2018) はフランス,スペイン,ポルトガル産のV. helminthosaを「真の」V. helminthosaと定め,北アメリカ産の"V. helminthosa"を新種としてV. viride-americanaを記載しました。V. viride-americanaとV. viride-brasiliensisは形態的には区別出来ず,遺伝子配列の違いと分布域の違いによって区別されます。B. helminthosum(現V. helmithosa)が記載されたのはフランスなので,Necchi et al. (2018) がV. helminthosaとしたサンプルが「真の」V. helminthosaである可能性は高いと思われます。良く似た種が同じ場所に複数生育していることもあるので,確定とは言えませんが,Necchi et al. (2018) に追従するならば,日本で"V. helminthosa"と呼ばれてきた種,すなわち「アオカワモズク」を分類学的に整理することは可能になったと思われます。 |
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日本産アオカワモズク属(Virescentia)について | ||||
日本産の"V. helminthosa"については,Hanyuda et al. (2004)が系統地理学的研究を行っており,5つのハプロタイプに分けられることを報じています。Necchi et al. (2018) を受け,Hanyuda et al. (2004)が公開した"V. helminthosa"のrbcL遺伝子の配列と,著者が千葉県で採集した「アオカワモズク」のrbcL遺伝子の配列をチェックしてみたところ,Necchi et al. (2018) が用いている遺伝子配列及び国際塩基配列データベースで公開されているVirescentia属の遺伝子配列の中で,日本産のサンプルに近似するものはありませんでした。日本産Virescentia属の遺伝子配列を基に種を整理するならば,Hanyuda et al. (2004) における5つのハプロタイプは4種に分けられ(注1),それぞれ新種に相当すると考えられます(注2)。日本産サンプルを便宜上,「アオカワモズク sp.1, sp.2, sp.3, sp.4」と呼び分け,Hanyuda et al. (2004) による各サンプルの採集地を挙げると,以下のようになります。
注1.Necchi et al. (2018) は,rbcL遺伝子の配列を元に日本産Virescentia属を2種に分けていますが,少なくとも4種に分けるのが適当と考えられます。 注2. アオカワモズク sp.4 は,Fang et al. (2021) が中国広西省から新種として記載したV. guangxiensisとrbcL遺伝子の配列において0.3% (4 bp)の差異しかなく,同種である可能性が示唆されていますが,Fang et al. (2021) は,アオカワモズク sp.4の形態や標本の所在が不明なことから,結論を保留しています。 |
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アオカワモズク sp.1 = Japanese haplotype 1: 千葉県,茨城県,神奈川県,栃木県,福島県,石川県,福井県,兵庫県,香川県,愛媛県,高知県,福岡県,熊本県,宮崎県,鹿児島県 | ||||
アオカワモズク sp.2 = Japanese haplotype 2: 千葉県,愛媛県 | ||||
アオカワモズク sp.2 = Japanese haplotype 3: 岩手県 | ||||
アオカワモズク sp.3 = Japanese haplotype 4: 京都府 | ||||
アオカワモズク sp.4 = Japanese haplotype 5: 沖縄県 → Virescentia guangxiensis? | ||||
Hanyuda et al. (2004) により,日本各地の「アオカワモズク」が整理されているので,「アオカワモズク sp.1~sp.4」をそれぞれ新種として記載,あるいは日本新産種として報告できるのではと思ったのですが,Necchi et al. (2018)とFang et al. (2021)によると,Hanyuda et al. (2004) が用いたサンプルは,証拠標本等が残されておらず,分類学的研究を行うために必要な観察が出来ないそうです。つまり,日本各地で再び「アオカワモズク」を採集し,遺伝子配列の決定と形態観察を行う必要があります。かつて「ミドリカワモズク」,「タニカワモズク」と呼ばれていたものの検討も必要になりそうです。Hanyuda et al. (2004) によって整理されているので「チャイロカワモズク」よりはましかもしれませんが,分類学的研究を行うには相当な覚悟が必要だと思います。 | ||||
「アオカワモズク」の扱いについて(まとめ) | ||||
「アオカワモズク」が置かれている状況は「チャイロカワモズク」と本当に良く似ていると思います。「アオカワモズク」の学名は,当面は従来通り「アオカワモズク = V. helmithosa」とするのが妥当でしょう。本サイトは個人が運営するHPなので,著者の主観に基づき「アオカワモズク属の1種(Virescentia sp.)」としていますが,レッドリストなどの公の文献ではそうはいかないと思います。おそらく2種以上に分けられると考えられ,将来的にレッドリストのカテゴリー分けも変わってくると思われます。分類が整理されることを切に願っております。 | ||||
アオカワモズク sp. 2 "Virescentia sp. JP sp.2" | ||||
二次輪生枝 | ||||
円柱形の受精毛 | ||||
著者が千葉県で確認した「アオカワモズク sp.2」に相当するサンプルです。「アオカワモズク sp.1」とはかなり様子が異なり,形態的にも別種とするのが妥当ではないかと思いましたが,生育末期だったらしく,体にはシアノバクテリア(藍藻)が付着し,ボロボロの状態でした。形態的特徴を比較するには,若い個体から成熟した個体まで多くのサンプルを観察する必要があると思います。 | ||||
参考文献 | ||||
Agostinho, D.C. and Necchi, O. Jr. 2014. Systematics of the section Virescentia of the genus Batrachospermum (Batrachospermales, Rhodophyta) in Brazil. Phycologia 53: 561-570. | ||||
Chiasson, W.B., Machesky, N.J. and Vis, M.L. 2003. Phylogeography of a freshwater red alga, Batrachospermum helminthosum, in North America. Phycologia 42: 654-660. | ||||
Fang, K., Nan, F., Feng, J., Lǖ, J., Liu, Q., Liu, X. and Xie, S. 2021. Virescentia guangxiensis (Batrachospermales, Rhodophyta): a new freshwater red algal species from South China. Journal of Oceanology and Limnology 39: 1538-1546. | ||||
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2017. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 14 February 2017. | ||||
Hanyuda, T., Suzawa, Y., Suzawa, T., Arai, S., Sato, H., Ueda, K. and Kumano, S. 2004. Biogeography and taxonomy of Batrachospermum helminthosum (Batrachospermales, Rhodophyta) in Japan inferred from rbcL gene sequences. Journal of Phycology 40: 581-588. | ||||
熊野 茂・新井章吾・大谷修司・香村真徳・笠井文絵・佐藤裕司・洲津 譲・田中次郎・千原光雄・中村 武・長谷井稔・比嘉 敦・ 吉﨑 誠・吉田忠生・渡邉 信 2007. 環境省「絶滅のおそれのある種のリスト」(RL) 2007年度版 (植物II・藻類・淡水産紅藻) について.藻類 55: 207-217. | ||||
Necchi O. Jr, Agostinho, D.C. and Vis, M.L. 2018. Revision of Batrachospermum section Virescentia (Batrachospermales, Rhodophyta) with the establishment of the new genus, Virescentia stat. nov. Cryptogamie Algologie 39: 313-338. | ||||
吉﨑 誠 1996. 第7章 第1節 淡水藻類.In: 千葉県史料研究財団(編)千葉県の自然誌本編1 千葉県の自然.pp. 271-280. 千葉県. | ||||
吉﨑 誠 1997. 第2章 VI 大栄町の淡水産藻類.In: 大栄町史.pp. 133-147. 大栄町史編纂委員会,大栄町. | ||||
吉﨑 誠 1998. 第4章 第2節 1-(1) 大形緑藻と紅藻類.第5章 陸と淡水の藻類 第2節 1. 紅藻綱 Rhodophyceae. In: 千葉県史料研究財団(編)千葉県の自然誌本編4 千葉県の植物1. pp. 242-245, 331-334. 千葉県. | ||||
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