ダルス Devaleraea cf. mollis
作成者:鈴木雅大 作成日:2011年6月10日(2018年10月21日更新)
 
ダルス(英名:Dulse)
Devaleraea cf. mollis (Setchell & N.L. Gardner) G.W. Saunders, Jackson & Salomaki 2018: 157.
 
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),ウミゾウメン亜綱(Subclass Nemaliophycidae),ダルス目(Order Palmariales),ダルス科(Family Palmariaceae),ホソベニフクロノリ属(Genus Devaleraea
 
*1. 吉田(1998)「新日本海藻誌」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),真正紅藻亜綱(Subclass Florideophycidae),ダルス目(Order Palmariales),ダルス科(Family Palmariaceae),ダルス属(Genus Palmaria)*Palmaria palmataとして
*2. 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),ダルス目(Order Palmariales),ダルス科(Family Palmariaceae),ダルス属(Genus Palmaria)*Palmaria palmataとして
 
Basionym
  Rhodymenia palmata f. mollis Setchell & N.L. Gardner 1903: 315.
Homotypic synonym
  Palmaria palmata f. mollis (Setchell & N.L. Gardner) Guiry 1976: 258.
  Palmaria mollis (Setchell & N.L. Gardner) van den Meer & Bird 1985: 401.
その他の異名
  Rhodymenia palmata auct. non (Linnaeus) Greville (1830); 遠藤 1911: 659, figs. 32, 188, 189; 稲垣 1933: 46; 岡村 1936: 674. Fig. 322; 1937: 67. Pl. 343, Figs 4-9. Pl. 344, Fig. 6.
  Rhodymenia palmata f. sarniensis auct. non (Mertens) Kjellman (1883); 岡村 1937: 77, Pl. 344, Fig. 7.
  Palmaria palmata auct. non (Linnaeus) Weber & Mohr (1805); Lee 1978: 33, figs. 13-17, pl. 2, figs. A-C; 舘脇 1993: 290-291. Fig. 144; 吉田 1998: 479. Pl. 3-6, Figs A-D.
 
Type locality: Whidbey Island, WA, USA.
Holotype specimen: UC 96192 (University of California, Berkeley)
 
ダルス Devaleraea mollis
撮影地:北海道 室蘭市 幸町 電信浜;撮影日:2012年5月20日;撮影者:鈴木雅大
 
ダルス Devaleraea mollis
撮影地:青森県 八戸市 鮫町 蕪島;撮影日:2012年5月6日;撮影者:鈴木雅大
 
ダルス Devaleraea mollis
押し葉標本(採集地:北海道 室蘭市 母恋南町 チャラツナイ浜;採集日:2004年3月30日;採集者:鈴木雅大)
 
ダルス Devaleraea mollis
押し葉標本(採集地:岩手県 下閉伊郡 山田町 織笠漁港;採集日:2004年3月11日;採集者:鈴木雅大)
 
ダルスは,海藻の専門家の間では良く知られた紅藻です。和名の「ダルス」は,大西洋に分布するPalmaria palmataの現地での呼び名である「Dulse」をカタカナ読みしたものです。Palmaria palmataは,北欧やカナダの大西洋沿岸において古くから食用とされてきた海藻で,「Dulse」はアイルランド語の「Duilesc」が語源と考えられています。日本以外の国で海藻が文化と呼べるほど浸透しているところは少ないと思いますが,利用されている地域において,「Dulse」は一般家庭の食卓にごく普通に並ぶ他,ケルト神話で知られるマビノギオン物語に登場するなど,日本におけるワカメ・コンブ・ヒジキ・海苔のような存在です。日本を含む太平洋沿岸において,ダルスはごく限られた地域でしか利用されておりませんでしたが,近年,海藻業界において「ダルス」という単語を見かける機会が多くなってきたようです。極め付けは,2015年7月にオレゴン州立大学のHatfield Marine Science Centerが発表した「 Devaleraea mollis (注1) = ベーコン味のする海藻」でしょう。健康食品として今後注目が高まるかもしれません。余談ですが,著者はオレゴン州立大の先生から頼まれて,Hatfield Marine Science Centerで栽培しているD. mollisのDNA鑑定をしたことがあります。

さて,ダルスがワカメ・コンブ・ヒジキ・海苔のような海藻の王道となれるかどうかは分かりませんが,今後ダルスが話題になる機会は増えると思い,本ウェブサイトのダルスの説明を追記することにしました。日本産のダルスは種分類の解決が成されておらず,どの種に充てたら良いか,複数の隠蔽種を含むのかどうかなどの分類学的問題があります。1980年代まで,Palmaria palmataという種が北半球の冷温帯から亜寒帯域に広く分布していると考えられてきました。しかし,大西洋のP. palmataと太平洋の"P. palmata"とは,生殖的隔離があること(掛け合わない),形成される造果器(紅藻類特有の生卵器)の数が異なることから,van den Meer & Bird (1985) は,カリフォルニア以北の北アメリカ大陸沿岸で報告されてきた「Dulse」をP. mollisという別種として区別しました(注2)。Palmaria mollisは,2015年に「ベーコン味のする海藻」として話題になった種類で,現在は「Pacific dulse」と呼ばれているそうです。Saunders et al. (2018) はP. mollisPalmaria属からホソベニフクロノリ属(Devaleraea)に移したため,現在の学名はDevaleraea mollisです。近年,DNAを用いた分類が一般的となり,ダルスの仲間もITS領域,26S rDNAやcox1遺伝子を用いた分子系統解析が実施されています。ダルス類を直接扱ってはいませんが,Clayden & Saunders (2010) による分子系統解析では,大西洋のP. palmataとカナダの太平洋東岸のD. mollisは系統的にはっきりと区別されています。著者が行ったオレゴン州のD. mollisのDNA鑑定結果もこれを支持しており,P. palmataの分布は大西洋沿岸に限られ,太平洋沿岸で"P. palmata"として報告されてきた種類は,D. mollisか別の種であると考えられます。

注1.Saunders et al. (2018) はP. mollisPalmaria属からホソベニフクロノリ属(Devaleraea)に移しました。

注2.Setchell & Gardner (1903) が,P. palmataの品種(forma)として記載したP. palmata f. mollisを種の階級としました。

 
日本のダルスはDevaleraea mollisか?
 
太平洋西岸,すなわち日本の「ダルス」について,Palmaria palmataとの掛け合わせ実験は未だ行われていませんが,Deshmunke & Tatewaki (1990) は,北海道室蘭産のダルスの形成する造果器の数が,P. mollisに(現 Devaleraea mollis)に近似することを挙げ,「室蘭産のダルスはP. mollis(= D. mollis)である」と述べています。「室蘭産」と限定してはいますが,日本で報告されてきたP. palmataD. mollisであることを示唆した初めての論文です。しかし,ダルスがP. palmataとは別種であることが確実となったにもかかわらず,これまで日本産のダルスをD. mollisとした学術的な文献は無く,D. mollisとの関係を指摘しつつもP. palmataに充て続けています(舘脇 in 堀 1993,吉田 1998,吉田ら 2015)。

日本産ダルスの分類学的検討が俟たれる中,著者が行ったDNAを用いた解析結果は,日本産のダルスがD. mollisに近いことを示唆したものの,同種か別種かの判断には至らないという微妙なもので,後述する本種の形態変異の激しさも相まって,分類学的検討が暗礁に乗り上げている状況です。一部,研究のネタバレになりますが,ダルスの場合,日本のダルスとカナダ産のD. mollisとの遺伝子の差異は,「別種と言えないこともないが,同種の範囲内ともいえる」というもので,形態的な違いについても「違いがあると言えばあるし,形態変異の内と言われればそうかもしれない」という,形態とDNA解析の双方ともにあいまいな結果でした。DNA解析を用いた種分類を行うと必ずたどり着く,分類学者の大きな悩みがあります。それは,「ある遺伝子の配列が種間でどの程度違えば別種なのか?」という疑問に対し,明確な答えがないことです。バーコーディングの進展に伴い,ある程度の目安は出来てきましたが,同じ遺伝子であっても生物によって進化速度が異なるため,基準を設けるのは至難です。DNAを用いた分類学的研究が始まった頃は,「DNA解析は客観的である」と信じられ,著者もそう思いかけたことがありますが,ダルスのように判断が付かないケースが多々あることが知られるようになり,DNA解析をしても結論が出ない分類学的問題が山積みとなっています。

話がそれましたが,ダルスの場合,少なくとも現在一般的に用いられている遺伝子では結論に至らないことから,解決するために解析に用いる遺伝子の種類を増やす必要があるかもしれません。また,太平洋東岸と西岸で確かなギャップがあるかどうかを確かめるため,オホーツク海やベーリング海に面するロシア沿岸のサンプルを比較する必要があるかもしれません。どちらも容易なことではなく,下手をすればより混乱を大きくすることになるかもしれません。こうなってくると最早「なぜ種を区別するのか?」という哲学的な話にもなってきそうです。結局,ダルスの種をどうしたら良いかということですが,Devaleraea mollisにとても近いが同種かどうかは定かではない」というのが現時点での結論です。Palmaria palmataとは別種であることが確実なこと,Deshmunke & Tatewaki (1990) がD. mollisとの関連を指摘していることを踏まえ,本ウェブサイトでは,ダルスの学名をD. cf. mollisとしました(注1)。種名が定まらないのでDevaleraea sp.としても良いと思います(注2)。いずれにしろ,今後何らかの形で整理しなければならない課題です。

注1.属名と種小名の間に付ける"cf."は,ラテン語の"confer = 比較せよ,参照せよ"という意味で,ここでは「Devaleraea mollisだと思うが確実ではない」ということを示しています。

注2. "sp."はラテン語及び英語の"species = 種"という意味で,種まで分からないときに用います。ここでは「Devaleraea属の1種」という意味になります。

追記.津波によって東北地方から太平洋東岸に流れ着いた漂着物に付着していた海藻を対象とした行われた研究の中で,ダルスはDevaleraea cf. mollisと表記されていました(Hansen et al. 2018)。日本の海藻研究の第一人者である川井浩史教授(神戸大学)が携わっておられることから,D. cf. mollisと表記するのが妥当と考えられます。

 
ダルスの形態変異
 
ダルス Devaleraea mollis
押し葉標本(採集地:岩手県 下閉伊郡 山田町 小谷鳥漁港;採集日:2010年7月24日;採集者:鈴木雅大)
 
ダルス Devaleraea mollis
押し葉標本(採集地:青森県 八戸市 鮫町 蕪島;採集日:2006年8月9日;採集者:鈴木雅大)
 
ダルスは形態変異の激しい海藻の1つです。このページで先に挙げた北海道室蘭市,青森県八戸市,岩手県山田町産のダルスが一般的あるいは典型的なダルスの外形だと思いますが,枝の幅が狭くて体が厚いもの,葉の両縁や体の表面から副出枝を多数生じるものなど,生育地や生育時期によって同じ種類とは思えない位形が変わります。幅の狭い岩手県山田町小谷鳥港産の個体は,形態変異と言われれば納得できないこともありませんが,八戸市鮫町産の個体についてはダルス属の別種で,新種か日本新産種に違いないと思ってきました。しかし,遺伝子配列を比較したところ,著者が室蘭,函館,八戸,岩手県山田町で採集したダルス類は遺伝的な違いがほとんど無く,同一種であることが示唆されました。この結果は,著者にとってヒラムカデ Grateloupia lividaに匹敵する衝撃でした。紅藻に限らず緑藻と褐藻にも言えることですが,海藻の形態変異には度肝を抜かれることが本当に多い…。種名(学名)の問題はともかく,北海道室蘭から東北地方に生育するダルスはどのような形をしていても1種類である可能性が高いので,同定に頭を悩ますことはなくなったと言えるかもしれません。未だ採集していない北海道道東部に生育するダルスについても確かめてみたいと思っています。
 
参考文献
 
Deshmukhem, G.V. and Tatewaki, M. 1990. The life history and evidence of the macroscopic male gametophyte in Palmaria palmata (Rhodophyta) from Muroran, Hokkaido, Japan. Japanese Journal of Phycology 38: 215-221.
 
Guiry, M.D. 1976. An assessment of Palmaria palmata forma mollis (S. et G.) comb. nov. (= Rhodymenia palmata forma mollis S. et G.) in the eastern North Pacific. Syesis 8: 245-261.
 
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2011. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 10 June 2011.
 
Hansen, G.I., Hanyuda, T. and Kawai, H. 2018. Invasion threat of benthic marine algae arriving on Japanese tsunami marine debris in Oregon and Washington, USA. Phycologia 57: 641-658.
 
稲垣貫一 1933. 忍路湾及び其れに近接せる沿岸の海産紅藻類. 北海道帝国大学理学部海藻研究所報告. 2: 1-77.
 
Lee, I. K. 1978. Studies on Rhodymeniales from Hokkaido. Journal of the Faculty of Science, Hokkaido University, Series V (Botany) 11: 1-203.
 
岡村金太郎 1936. 日本海藻誌 964 pp. 内田老鶴圃,東京.
 
岡村金太郎 1937. 日本藻類圖譜 第7巻 第9集.東京.*自費出版
 
Saunders, G.W., Jackson, C. and Salomaki, E.D. 2018. Phylogenetic analyses of transcriptome data resolve familial assignments for genera of the red-algal Acrochaetiales-Palmariales Complex (Nemaliophycidae). Molecular Phylogenetics and Evolution 119: 151-159.
 
Setchell, W.A. and Gardner, N.L. 1903. Algae of northwestern America. University of California Publications in Botany 1: 165-418, Plates 17-27.
 
舘脇正和 1993.ダルス. In: 堀 輝三(編)藻類の生活史集成第2巻 褐藻・紅藻類. pp. 290-291. 内田老鶴圃,東京.
 
van der Meer, J.P. and Bird, C.J. 1985. Palmaria mollis stat. nov.: a newly recognized species of Palmaria (Rhodophyceae) from the northeast Pacific coast. Canadian Journal of Botany 63: 398-403.
 
遠藤吉三郎 1911. 海産植物学.748 pp. 博文館,東京.
 
吉田忠生 1998. 新日本海藻誌. 1222 pp. 内田老鶴圃, 東京.
 
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版). 藻類 63: 129-189.
 

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