スミレモ属の1種 Trentepohlia sp.
作成者:鈴木雅大 作成日:2012年2月11日(2021年4月18日更新)
 
スミレモ属の1種
Trentepohlia sp.
 
緑藻植物門(Phylum Chlorophyta),アオサ藻綱(Class Ulvophyceae),スミレモ目(Order Trentepohliales),スミレモ科(Family Trentepohliaceae),スミレモ属(Genus Trentepohlia
 
スミレモ Trentepohlia
 
スミレモ Trentepohlia
撮影地:北海道 室蘭市 母恋;撮影日:2006年8月8日;撮影者:鈴木雅大
 
スミレモ Trentepohlia
 
スミレモ Trentepohlia
撮影地:北海道 室蘭市 母恋;撮影日:2010年8月6日;撮影者:鈴木雅大
 
北海道室蘭市母恋南町チャラツナイ浜には,北海道大学の臨海実験所(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター室蘭臨海実験所)がありました。前身が理学部附属海藻研究施設(通称海藻研)であったように国内でも珍しい海藻研究を中心とした実験所です。著者は,海藻の研究の関係で何度か実験所を訪ねました。実験所の近くには「スミレモ」と呼ばれる気生藻が群生する場所が幾つかあり,実験所を訪れる学生や研究者の間では良く知られていました。著者も母恋駅から実験所に至る道すがらや,実験所から室蘭市街へと向かう坂道の途中にある石垣でスミレモの群落を眺めるのが楽しみでした。スミレモの仲間自体はそれほど珍しい藻類ではないのですが,石垣をオレンジ色に染め上げるほど群生するところはほとんど見たことがありません。実験所は2012年に室蘭市街(舟見町)に移転してしまったので,母恋でスミレモを見ることはなくなってしまいましたが,機会があればまた見に行きたいと思っています。
 
余談:チャラツナイ浜にあった臨海実験所は周りが断崖絶壁と言っても過言ではなく,まさに昔ながらの臨海実験所という感じでした。建物自体も歴史を感じさせるところで,市街地に移転してしまったのは惜しまれるところです。もっとも,数年に一度,しかも厳冬期を避けて訪ねる著者と違い,そこに通っていた方々は大変だったのではないかとも思います。ある研究者が学生だった頃の話ですが,「母恋駅からチャラツナイ浜に至る坂道を上り下りするとき,自分の人生と将来の行く末を考えさせられた…」とのことでした。この方は現在,国立の博物館で活躍されています。
 
スミレモ Trentepohlia
 
スミレモ Trentepohlia
撮影地:北海道 函館市 函館山;撮影日:2009年8月14日;撮影者:鈴木雅大
 
スミレモ類は気生藻と呼ばれ,水中ではなく陸上の石や樹皮の表面などに生育する多細胞藻類です。スミレモ目(Trentepohliales)の系統的位置には複数の仮説があり,未だ確定していませんが,シオグサ類などに近縁な緑藻植物(アオサ藻類)とされています(Leliaert & Lopez-Bautista 2015, 市原 2019, One Thousand Plant Transcriptomes Initiative 2019)。緑藻植物にもかかわらず,体は緑色ではなくオレンジ色をしています。これは葉緑体にカロテノイドの1種,ヘマトクロム(hematochrome)を含むためです。生育場所や色など,「スミレモ」は藻類の中でも独特の特徴を持つ仲間だと思います。

これまで日本産スミレモ属はコガネスミレモ(Trentepohlia aurea)1種(注)と考えられてきましたが,半田博士らの研究によると,少なくとも7種を含んでいる事が示唆されているため(半田 2017),本サイトではスミレモ属の1種(Trentepohlia sp.)としました。母恋や函館のスミレモ類が何という種類なのか,専門家による研究が俟たれています。

注.標準和名としての「スミレモ」は,Trentepohlia aureaに対して用いられてきましたが,半田(2017)によると,「スミレモ」の和名はT. aureaではなく,日本には生育していないT. jolithusに付けられたものであるため,半田博士は,T. aureaの和名として「コガネスミレモ」を提唱しています。

分類学的な問題もさるところながら,スミレモ類にはもう一つ未解決な問題があります。それは「スミレモ(菫藻)」という和名の由来です。「スミレモ」という和名は「スミレの香りがする」ことに因んで付けられたとする説が一般的です。しかし,おそらく日本産スミレモ類からスミレの香りがすることは無く,半田(2017)は「日本産のスミレモ類は,直接嗅いでも菫(すみれ)の匂いが感じられるわけではない」と述べています。半田(2017)によると,「スミレの香り」を持つと考えられるのは日本には生育していないT. jolithusであり,「スミレの香り」がT. jolithus特有のものかどうかは不明とされています。また,同様に日本には生育していないT. odorataという種類の原記載(Wiggers 1780)には「アイリス(アヤメ類)の根茎の香りがある」という記述があるそうです。「スミレの香り」の真相は未だ明らかになっていないようですが,いずれにしても「スミレモ」という名前は,日本には生育していないT. jolithusが持つ「スミレの香り」に基づいて付けられたもので,日本産種で「スミレの香り」を発するものは知られていないようです。

 
参考文献
 
半田信司 2017. スミレモの和名.海洋と生物 39: 235-238.
 
市原健介 2019. 分子データから考察するアオサ藻綱の進化と系統関係.海洋と生物 41: 491-498.
 
Leliaert, F. & Lopez-Bautista, J.M. 2015. The chloroplast genomes of Bryopsis plumosa and Tydemania expeditiones (Bryopsidales, Chlorophyta): compact genomes and genes of bacterial origin. BMC Genomics 16: 204.
 
One Thousand Plant Transcriptomes Initiative 2019. One thousand plant transcriptomes and the phylogenomics of green plants. Nature 574: 679-685.
 
Wiggers, F.H. 1780. Primitiae florae holsaticae. 112 pp. litteris Mich. Frider. Bartschii Acad. Typogr, Kiliae.
 

写真で見る生物の系統と分類真核生物ドメインスーパーグループ アーケプラスチダ緑色植物亜界アオサ藻綱

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