シモダオゴノリ Gracilaria shimodensis
 
作成者:鈴木雅大 作成日:2013年1月27日(2021年7月10日更新)
 
シモダオゴノリ(下田海髪)
Gracilaria shimodensis R. Terada & H. Yamamoto 2000: 189-198. Figs 1-27.
 
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),マサゴシバリ亜綱(Subclass Rhodymeniophycidae),オゴノリ目(Order Gracilariales),オゴノリ科(Family Gracilariaceae),オゴノリ亜科(Subfamily Gracilarioideae),オゴノリ連(Tribe Gracilarieae),オゴノリ属(Genus Gracilaria
 
* 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),オゴノリ目(Order Gracilariales),オゴノリ科(Family Gracilariaceae),オゴノリ属(Genus Gracilaria
 
その他の異名
  Gracilaria blodgettii auct. non Harvey (1853); 岡本 1965: 23; 千原 1967: 85; 大西 1975: 68.
  Gracilaria coronopifolia auct. non J. Agardh (1852); 吉﨑 1998: 560.
 
Type locality: 静岡県 下田市 須崎
Holotype specimen: SAP 073015(北海道大学大学院理学研究科植物標本庫)
 
千葉県レッドデータブック植物・菌類編 2023年改訂版:情報不足種
 
シモダオゴノリ Gracilaria shimodensis
 
シモダオゴノリ Gracilaria shimodensis
押し葉標本(採集地:静岡県 下田市 須崎漁港;採集日:2006年5月17日;採集者:鈴木雅大)
 
シモダオゴノリ(Gracilaria shimodensis)は,伊豆半島や千葉県内房地域でクビレオゴノリ(G. blodgettiiと同定されていたオゴノリ属(Gracilaria)の1種です(岡本 1965; 千原 1967; 大西 1975)。Terada & Yamamoto (2000)は,本州太平洋沿岸中部で「クビレオゴノリ」と同定されてきたサンプルをG. blodgettiiとは別種として区別し,シモダオゴノリを新種として記載しました。シモダオゴノリのタイプ産地は静岡県須崎で,著者は下田を訪ねる度に須崎漁港でシモダオゴノリを探しているのですが,2006年に採集したのみで,その後一度も確認出来ていません。絶滅するような種ではないと思うのですが…。
 
千葉県小浦漁港の"モサオゴノリ"
 
シモダオゴノリ Gracilaria shimodensis
押し葉標本(採集地:千葉県 安房郡 富山町 小浦漁港(現 南房総市 小浦漁港);採集日:2006年1月1日;採集者:鈴木雅大)
 
シモダオゴノリ Gracilaria shimodensis
押し葉標本(採集地:千葉県 安房郡 富山町 小浦漁港(現 南房総市 小浦漁港);採集日:2005年4月26日;採集者:鈴木雅大)
 
シモダオゴノリ(Gracilaria shimodensis)は,千葉県内房地域の鋸南町保田から南房総市小浦にかけての海岸で,漁港のスロープなどに生育しているオゴノリ類です。千葉県では,クビレオゴノリ(G. blodgettiiと同定されていました(岡本 1965; 大西 1975)。千葉県小浦漁港と保田の吉浜に生育していたものは,吉﨑(1998)がモサオゴノリ(G. coronopifoliaとしていたもので,故吉﨑 誠博士は1998年から2001年にかけて約900点もの「モサオゴノリ」の押し葉標本を作製されました。残念ながら,ほとんどの標本は,2011年3月11日の東日本大震災によって消失してしまい,被災後に行われた標本レスキューにおいても回収された標本はありませんでした。東邦大学海藻データベースには吉﨑博士の押し葉標本の画像データが残されており,858件の「モサオゴノリ」の標本画像が閲覧できます。東邦大学に残されていた標本の中には「モサオゴノリ」が6点あり,現在は国立科学博物館植物研究部標本庫に収蔵されています。著者らが国立科学博物館に収めた標本を加えると,約60点が標本として保管されています。

千葉県の「モサオゴノリ」について,DNA解析を行ったところ,rbcL遺伝子とcox1遺伝子の塩基配列が静岡県下田市須崎漁港のシモダオゴノリと近似しており,シモダオゴノリであることが判明しました。Terada & Yamamoto (2000) を注意深く読むと,シモダオゴノリの採集地として千葉県館山市沖ノ島と千葉県安房郡鋸南町保田が掲載されており,「モサオゴノリ」がシモダオゴノリであることは既に知られていたことでした。著者が千葉県小浦漁港産の「モサオゴノリ」とシモダオゴノリが近似していることに気が付いたのは2010年代に入ってからですが,「モサオゴノリ」の同定に疑問を持ちつつもシモダオゴノリと同定することができない理由がありました。千葉県小浦漁港の「モサオゴノリ(=シモダオゴノリ)」は,下田産のシモダオゴノリと比べて細いことに加え,1年を通して生殖器官を付けることがなく,シモダオゴノリの特徴である精子嚢や嚢果の果皮の構造などを確認することが出来ませんでした。DNAを抽出して解析,遺伝子配列を比較するのが最も手っ取り早い解決方法ですが,著者が2006年に下田で採集したシモダオゴノリの標本は,一度ホルマリンで固定したもので,DNAは抽出できても断片化により,PCRがうまくいきませんでした。その後,ホルマリン固定された標本や80~100年前に作製された古標本のDNAでもPCR,シーケンスするノウハウが確立され,2019年末にようやく下田産のシモダオゴノリのrbcL遺伝子とcox1遺伝子の配列を決定することができ,「モサオゴノリ」の実体を明らかにすることが出来ました。

 
2006年以降,静岡県下田周辺でシモダオゴノリが確認できなくなり,絶滅したのではないかと心配しておりましたが,「モサオゴノリ」と呼んでいたものがシモダオゴノリであることを確認できたことから,少なくとも千葉県内房地域では現在も生育していることが分かりました。ただし,千葉県内房地域のシモダオゴノリの生育地は漁港のスロープや岸壁に囲まれた波当たりの弱い砂地など,生育環境は他種と比べてかなり限定されているように見えます。小浦漁港ではスロープに比較的大規模な群落がみられますが,条件が条件なだけに一斉に消失してもおかしくはないかもしれません。著者が委員として参加している「千葉県レッドリスト植物・菌類編(2017年改訂版)」では,千葉県産シモダオゴノリの実体が分からなかったことから掲載を見送りましたが,次回の改訂では要保護生物(C)か一般保護生物(D)での掲載が必要だと考えています。環境省のレッドリストにも絶滅危惧I類(CR+EN)か絶滅危惧II類(VU)での掲載が望ましいのではないかと思います。オゴノリ類の中でもマイナーな部類で「知る人ぞ知るオゴノリ」という扱いですが,生育状況のモニタリングや他地域での分布の確認が必要な種類だと思います。
 
上述の通り,千葉県産シモダオゴノリについて,千葉県レッドリストあるいはレッドデータブックへの掲載を検討していたのですが,2021年,2022年に調査を行ったところ,小浦漁港や保田の吉浜でシモダオゴノリを確認することが出来ませんでした。コロナ禍で満足な調査を行うことが出来なかったこともあり,千葉県レッドデータブック植物・菌類編 2023年改訂版では,不本意ながら「情報不足種」というカテゴリーとせざるを得ませんでした。下田に続き,千葉県でも生育を確認出来なくなり,シモダオゴノリの「絶滅」の可能性が高まったように思えますが,客観的なデータが必要です。正直なところ,いかにも消失しそうな場所に生育していたため,こうなる予感はあったのですが,まさか本当に消失してしまうとは思いませんでした。似たような生育地を探せばどこかで生き残っている可能性はあるので,内房地域の漁港のスロープなどを探して行きたいと思っています。
 
参考文献
 
千原光雄 1967. 静岡県産海藻目録.In: 静岡県生物研究会 編.静岡県植物誌.pp. 70-90. 静岡大学教育学部.
 
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2013. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 26 January 2013.
 
岡本一彦 1965. 東道太郎コレクションの海藻標本目録 [III].藻類 13: 23-29.
 
大西一博 1975. 館山臨海実験所付近の海藻.お茶の水女子大学理学部付属館山臨海実験所研究報告 2: 17-90.
 
Terada, R. and Yamamoto, H. 2000. A taxonomic study on two Japanese species of Gracilaria: Gracilaria shimodensis sp. nov. and Gracilaria blodgettii (Gracilariales, Rhodophyta). Phycological Research 48: 189-198.
 
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189.
 
吉﨑 誠 1998. 第5章 第2節 10. オゴノリ目.In: 千原光雄 編集代表.千葉県の自然誌本編4 千葉県の植物1.pp. 557-560. 千葉県.
 
 
写真で見る生物の系統と分類真核生物ドメインスーパーグループ アーケプラスチダ紅藻植物門真正紅藻綱マサゴシバリ亜綱オゴノリ目オゴノリ連
 
日本産海藻リスト紅藻植物門真正紅藻亜門真正紅藻綱マサゴシバリ亜綱オゴノリ目オゴノリ科オゴノリ亜科オゴノリ連オゴノリ属シモダオゴノリ
 
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