スサビノリ Pyropia yezoensis
 
作成者:鈴木雅大 作成日:2011年1月15日(2022年9月23日更新)
 
スサビノリ(尻澤邊海苔,尻沢辺海苔)
Pyropia yezoensis (Ueda) M.S. Hwang & H.G. Choi in Sutherland et al. 2011: 1145.
 
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),ウシケノリ綱(Class Bangiophyceae),ウシケノリ目(Order Bangiales),ウシケノリ科(Family Bangiaceae),アマノリ属(Genus Pyropia
 
*1. 吉田(1998)「新日本海藻誌」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),原始紅藻亜綱(Subclass Bangiophycidae),ウシケノリ目(Order Bangiales),ウシケノリ科(Family Bangiaceae),アマノリ属(Genus Porphyra)*Porphyra yezoensisとして
*2. 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),ウシケノリ目(Order Bangiales),ウシケノリ科(Family Bangiaceae),アマノリ属(Genus Pyropia
 
Basionym
  Porphyra yezoensis Ueda 1932: 12, 23. Pl. 1, Figs 9, 14. Pl. 4, Figs 11-17. Pl. 16, Figs 3-4; 稲垣 1933: 15; 岡村 1936: 385; Tanaka 1952: 39. Fig. 19. Pl. 5. Pl. 7, Fig. 3; 黒木 1959: 44-49. Figs 1-5. Pls 1-5; 1961: 55. Figs 47-59. Pls 21-34; 福原 1968: 56; 吉田 1993: 216, 217. Fig. 107; 1998: 452, 453; 吉﨑 1998: 503, 504. Figs 5-416, 417, 418 (中央上); Kim & Kim 2011: 118-122. Figs 98-101.
Homotypic synonym
  Neopyropia yezoensis (Ueda) L.E. Yang & J. Brodie in Yang et al. 2020: 869. Table 2.
 
Type locality: 北海道 小樽市 祝津
Type specimen: 東京海洋大学
 
分類に関するメモ:スサビノリはPorphyra属のメンバーとされてきましたが,Sutherland et al. (2011)によってPorphyra属からPyropia属に移されました。Yang et al. (2020)は,スサビノリをPyropia属からNeopyropia属に移しましたが,Zuccarello et al. (2022) はNeopyropia属を認めず,Pyropia属に含めたため,スサビノリはPyropia属に戻りました。

スサビノリは,原記載に基準産地が書かれていません。吉田(1998)は,スサビノリのタイプ産地を「小樽市祝津」としています。黒木(1959)は,スサビノリの基準標本に「室蘭?」と書かれていると述べています。Sutherland et al. (2011)もタイプ産地を"Muroran?"としています。著名な海苔なので,タイプ産地を祝津とした理由があると思うのですが,調べた限りでは分かりませんでした。機会があれば専門家におたずねしたいと思っています。なお,インターネットを検索したところ,wikipediaのスサビノリの記事では,タイプ産地が「函館市住吉」とされていました。和名の由来である尻澤邊(現函館市住吉)をタイプ産地であると勘違いしているものと考えられます。

 
広義のスサビノリ
 
スサビノリ Pyropia yezoensis
撮影地:千葉県 銚子市 海鹿島;撮影日:2014年2月20日;撮影者:鈴木雅大
 
スサビノリ Pyropia yezoensis
縁辺部の表面観(採集地:千葉県 銚子市 海鹿島;採集日:2014年2月20日;採集者:鈴木雅大)
 
スサビノリ Pyropia yezoensis
         
  スサビノリ Pyropia yezoensis   スサビノリ Pyropia yezoensis  
押し葉標本(採集地:千葉県 銚子市 海鹿島;採集日:2005年4月8日;採集者:鈴木雅大)
 
スサビノリ Pyropia yezoensis
押し葉標本(採集地:北海道 室蘭市 母恋南町 チャラツナイ浜;採集日:2004年3月30日;採集者:鈴木雅大)
 
スサビノリ Pyropia yezoensis
押し葉標本(採集地:新潟県 両津市 浦川漁港(現 佐渡市 浦川漁港);採集日:2003年5月1日;採集者:鈴木雅大)
 
Niwa et al. (2014) によると,スサビノリは複数の種類を混同していると考えられます。同じ採集地,同じ岩の上に2種以上が混生しているといいます。これらの隠蔽種は,外形,体構造,生殖器官のいずれの形態的特徴でも区別することが困難です。区別するには,DNAを抽出し,分子マーカーを使って解析する他ありません。従ってスサビノリを分類学的に整理し,隠蔽種を新種として記載することが難しい現状だと思います(注)。スサビノリに限らず,形態的に類似し,系統的にも近縁な種が同一採集地から複数見出されるのは良く知られたことではありますが,スサビノリ及びその隠蔽種においては,形態的特徴による種の区別がほぼ不可能であり,採集した現場で種を正しく識別することが極めて難しいと考えられます。本サイトでは,スサビノリが複数の隠蔽種を含有していることを考慮しつつも,外形的に区別が付かないことから全てスサビノリとして扱いました。今後,スサビノリとその隠蔽種を分類学的にどのように解決するかが注目されます。

注.Kim et al. (2018) は,スサビノリの隠蔽種と考えられる一種を新種Pyropia retortaとして記載しました。

 
スサビノリ(尻澤邊海苔)の和名の由来について
 
スサビノリは著名な海苔ですが,意外なことに和名の「スサビノリ」の由来はあまり知られていないようです。スサビノリの和名の由来は福原(1967)が解説しており,福原(1967)によると,「スサビノリ」の和名は遠藤吉三郎博士が付けたもので,遠藤先生が1908年に書かれた「函館支庁管内ニ於ケル海苔業ノ将来」のp. 10で「すさびのりトハ余カ今回新タニ命名セル所ニシテ本種ノ産地タル函館尻澤邊ノ地名ヨリ取レルナリ(原文ママ)」と記述されています。殖田(1932)がスサビノリを記載した際,和名は遠藤(1908)に従ったのですが,「スサビ」の意味が分からなかったため,和名の由来については触れられなかったそうです。「スサビ」は,函館市にかつてあった「尻澤邊(尻沢辺)」という地名に由来し,「尻澤邊」はアイヌ語のシリシャンペに対する当て字で,シリシャンペ→シサベ→スサビと簡略化されたものです。また,函館市住吉沿岸は「スサビの浜」と呼ばれており,遠藤先生が本種をはじめ,コスジフシツナギ(Yendoa hakodatensisなどの海藻を採集されたところです。従って,「スサビノリ」とは,「スサビの浜で採れる海苔」という意味になります。

一時期,広辞苑などで「スサビノリ=荒び海苔」と表記されていたことがありました。著者もある時まで「スサビノリ=荒び海苔」だと思っており,精子嚢班が縦に走る縞状に作られる様子を「荒び模様」とでも言うに違いないと自分なりに解釈しておりました。著者が間違いに気が付いたのはコスジフシツナギのタイプ産地を調べていた時で,コスジフシツナギの選定基準標本のラベルに書かれていた地名が「Shirisawabe(=尻澤邊,尻沢辺)」だったことから,地名と読み方について調べていたところ,「スサビノリ=尻澤邊海苔」にたどり着きました。福原(1967)に解説があるとはいえ,「スサビノリ=尻澤邊海苔」はなかなか難しいと思いました。

 
住吉神社とドゥルー祭
 
  キャサリン・ドゥルー博士 Dr. Kathleen Mary Drew Baker   キャサリン・ドゥルー博士 Dr. Kathleen Mary Drew Baker  
ドゥルー博士の顕彰碑(撮影地:熊本県 宇土市 住吉町 住吉神社;撮影日:2014年3月22日;撮影者:鈴木雅大)
 
熊本大学で日本植物分類学会の大会が開催された時,著者は学会を途中で抜け出して住吉神社を訪ねました。キャサリン・ドゥルー博士の顕彰碑を見たかったためです。毎年4月14日にはここで「ドゥルー祭」が開催されているそうです。我が国の海苔養殖の歴史において,ドゥルー博士(Dr. Kathleen Mary Drew Baker, 1901-1957)の功績は計り知れないものがあります(参照)。1949年にNature誌に発表した貝殻に穿孔する海苔の糸状体(コンコセリス世代)の発見は,その後の海苔の人工採苗に革命的な進歩をもたらしました。著者の恩師である故 吉﨑 誠博士(東邦大学名誉教授)は,藻類の講義の中で1時間まるごと海苔の話をしておられたほどで,海藻学の中でも伝記として語り継がれる名エピソードです。
 
参考文献
 
Drew, K.M. 1949. Conchocelis-Phase in the life-history of Porphyra umbilicalis (L.) Kütz. Nature 164: 748-749.
 
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福原英司 1968. 北海道近海産アマノリ属の分類学的ならびに生態学的研究.北海道区水産研究所研究報告 34: 40-99.
 
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Niwa, K., Kikuchi, N., Hwang, M.S., Choi, H.-G. and Aruga, Y. 2014. Cryptic species in the Pyropia yezoensis complex (Bangiales, Rhodophyta): Sympatric occurrence of two cryptic species even on same rocks. Phycological Research 62: 36-43.
 
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Sutherland, J.E., Lindstrom, S.C., Nelson, W.A., Brodie, J., Lynch, M.D.J., Hwang, M.S., Choi, H.-G., Miyata, M., Kikuchi, N., Oliveira, M.C., Farr, T., Neefus, C., Mols-Mortensen, A., Milstein, D. and Müller, K.M. 2011. A new look at an ancient order: Generic revision of the Bangiales (Rhodophyta). Journal of Phycology 47: 1131-1151.
 
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遠藤吉三郎 1908. 函館支庁管内ニ於ケル海苔業ノ将来.30 pp. 北海道水産調査報文 第一巻.
 
吉田忠生 1993. Porphyra yezoensis Ueda(スサビノリ).In: 堀 輝三(編) 藻類の生活史集成 第2巻 褐藻・紅藻類.pp. 216, 217. 内田老鶴圃,東京.
 
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吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189.
 
吉﨑 誠 1998. 第5章 海の藻類 第2節 1-2.ウシケノリ目 Bangiales. In: 千葉県史料研究財団(編)千葉県の自然誌本編4 千葉県の植物1.pp. 495-496. 千葉県.
 
Zuccarello, G.C., Wen, X. and Kim, G.H. 2022. Splitting blades: why genera need to be more carefully defined; the case for Pyropia (Bangiales, Rhodophyta). Algae 37: 205-211.
 
 
写真で見る生物の系統と分類真核生物ドメインスーパーグループ アーケプラスチダ紅藻植物門ウシケノリ綱
 
日本産海藻リスト紅藻植物門真正紅藻亜門ウシケノリ綱ウシケノリ目ウシケノリ科アマノリ属スサビノリ
 
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