タテヤママリモ Aegagropilopsis moravica |
作成者:鈴木雅大 作成日:2015年9月12日(2017年3月25日更新) |
タテヤママリモ(立山毬藻) |
Aegagropilopsis moravica (Dvořák) Z.Ju. Zhao & G.X. Liu 2015: 284. Pl. I. |
緑藻植物門(Phylum Chlorophyta),アオサ藻綱(Class Ulvophyceae),シオグサ目(Order Cladophorales),アオミソウ科(Family Pithophoraceae),タテヤママリモ属(Genus Aegagropilopsis) |
Basionym |
Aegagropila moravica Dvořák 1924: 32. |
Homotypic synonym |
Cladophora moravica (Dvořák) Gardavský 1986: 54. |
Heterotypic synonyms |
? チシママリモ Aegagropila kurilensis Nagai 1940: 35. Pl. 3, Fig. 6. |
? ≡ チシママリモ Cladophora sauteri var. kurilensis (Nagai) Sakai 1964: 76; 秋山ら 1977: 331. Pl. 110, Figs 4a-c. |
? カラフトマリモ Aegagropila kannoi Tokida, 1954: 47. Pl. 3, Figs 1-4. |
? ≡ カラフトマリモ Cladophora sauteri f. kannoi (Tokida) Sakai 1964: 77. Pl.9, 2. Fig. 37; 秋山ら 1977: 331. Pl. 110, Figs 5a-d. |
? フジマリモ Aegagropila sauteri var. yamanakaensis Okada 1957: 31. Figs 2, 3; 秋山ら 331. Pl. 110, Figs 6a-c. |
その他の異名 |
? Aegagropila lagerheimii auct. non Brando (1906: 253); 菅野 1934: 225. |
Cladophora sauteri auct. non (Nees) Trevisan (1845: 19); 長井 1988; Kanda 1991: 27. Fig. 1. |
Cladophora sp. 'Tateyama' in Hanyuda et al. 2002; Yoshii et al. 2004 |
Type locality: チェコスロバキア(現チェコ共和国)モラヴィア地方(Moravia) |
Lectotype specimen: No. 01622/32 BRNM(Moravian Museum), found "on rocks at water surface in the Oslava River close to hill (Kravíhora)" in August 1921, leg. R. Dvořák. (Gardavský 1986より引用) |
兵庫県版レッドデータブック2020:要調査 |
採集地:青森県 弘前市;採集日:2010年8月24日;採集者:吉﨑 誠・鈴木雅大 |
日本におけるタテヤママリモ |
タテヤママリモは,1980年代に富山県中新川郡立山町で確認されたマリモ(Aegagropila brownii)に近縁な緑藻(アオサ藻)類です。Hanyuda et al. (2002) による18S rDNAなどを用いた分子系統解析によって,マリモとは異なる種であることが示唆されましたが,種に関する分類学的研究の報告はなく,日本では13年経った現在でも未記載種という扱いです。すなわち,「タテヤママリモ」という和名はありますが,正式に記載された種ではなく,学名もありません。国際塩基配列データベースには,Hanyuda et al. (2002) が論文中で用いた立山町産のタテヤママリモの18S rDNAのDNA配列が登録されており("Cladophora sp. Tateyama" AB062711),この配列と比較すれば日本各地で報告されているマリモに似た緑藻がマリモなのかタテヤママリモなのかを判断することが出来ます(注)。現在は,立山町以外でも北海道,栃木県,山梨県富士五湖,琵琶湖,兵庫県,福岡県など,日本の広い範囲で見つかっています。2010年,著者の恩師 故 吉﨑 誠 博士(東邦大学名誉教授)は,青森県弘前市でマリモのような緑藻を採集しました。著者が18S rDNAのDNA配列を決定したところ,タテヤママリモ(AB062711)と100%一致しました。青森県弘前市はタテヤママリモの新産地と考えられるので,正式な新産地報告をしたいところですが,タテヤママリモには後述するような複雑な背景があり,分類学的問題以外にも少々ややこしい問題を抱えているため,現在のところ著者には手の付けようがなく,専門家による解決を待っている状態です。
注.著者の勉強不足のせいですが,入手出来た文献を調べても「タテヤママリモ」をマリモや他の近縁種と区別する形態的特徴が分かりませんでした。 |
タテヤママリモの属名について |
Boedeker et al. (2012) は,マリモを含む淡水産のシオグサ科藻類について分子系統解析を行い,新属の提唱や属の組換えを行いました。彼らの解析によると,タテヤママリモ(AB062711)はAegagropilopsis属に含まれ,タテヤママリモはAegagropilopsis属の1種と考えられます。従って,タテヤママリモは,分類・系統的にマリモとは属レベルで異なる種ということになります。 |
タテヤママリモの種名と命名法上の疑義について |
上述の通り,日本ではタテヤママリモに対する分類学的研究は行われてきませんでしたが,Zhao et al. (2015) は中国産のサンプルを基に形態観察と分子系統解析を実施し,タテヤママリモ(AB062711)を含む中国産サンプルは1924年にチェコスロバキア(現チェコ共和国)モラヴィア地方(Moravia)で記載されたAegagropila moravicaと同種であると結論付けました。Zhaoらによる分子系統解析は,Boedeker et al. (2012) 同様,タテヤママリモがAegagropilopsis属であることを支持していたことから,ZhaoらはAegagropila moravicaをAegagropilopsis属に移し,Aegagropilopsis moravicaとしました。
Zhaoらは,Aegagropila moravicaをAegagropilopsis属に組み替える際,基礎異名(basionym)の初発表文のページ番号をp.32と引用すべきところをp.32-34としているため,国際藻類・菌類・植物命名規約(ICN)の41.5条に抵触する可能性がありました。ICN 41.5条 付記1及び実例12では,出版物全体のページ番号を引用した場合において正式発表にならないとしていますが,Zhaoらの場合,ページ番号を間違えてはいますが論文全体のページ番号を引用したわけではなので,ICN 41.5条には抵触しないと解釈出来ます。条文の解釈次第なので,釈然としないところもありますが,命名規約の精神として,いたずらに非正式名(invalid name)を増やすより,救える学名は救うというスタンスで臨む方が建設的かと思います。ページ番号の訂正は必要ですが,Aegagropilopsis moravicaは正式発表された学名と判断して良いでしょう。 |
タテヤママリモは Aegagropilopsis moravica か? |
日本のタテヤママリモの18S rDNAの配列(AB062711)は中国産サンプルと100%一致することから,Zhaoらの見解に従えば,タテヤママリモはAegagropilopsis moravicaと同種か,極めて近縁な種と考えられます。ただし,チェコで記載された Aegagropilopsis moravicaと中国及び日本産のタテヤママリモが同種かどうかは検討の余地があります。Zhao et al. (2015) は,中国産タテヤママリモの藻体の分枝様式や細胞の大きさなどが,Gardavský (1986) の報告にあるAegagropilopsis moravica(Cladophora moravicaとして)に近似することから,タテヤママリモをAegagropilopsis moravicaと結論付けました。文献情報のみによる比較ではありますが,タテヤママリモをAegagropilopsis moravicaとすることに,分類学的な問題はありません。ただし,中国・日本産のタテヤママリモがチェコ産のものと同種かどうかを確定するためには, Aegagropilopsis moravicaのタイプ標本か,チェコあるいはその周辺で採集したサンプルを用いて,形態的特徴とDNAを用いた比較・検討が必要です。すなわち,モラヴィア博物館に収蔵されている選定基準標本(Lectotype specimen)の所在や状態を調べることと,モラヴィア地方で Aegagropilopsis moravica に相当するサンプルを採集する必要があるでしょう。どちらも容易なことでは無いと思いますが,専門家による調査がまたれるところです。
ここからは著者の個人的な見解になりますが,マリモ(Aegagropila brownii)がヨーロッパから日本まで広く分布していることから,タテヤママリモが中国及びチェコに分布していてもおかしくはないかもしれません。チェコ産のサンプルを直に比較していないとはいえ,文献上の形態的特徴は一致していることから,タテヤママリモをAegagropilopsis moravicaとしても大きな問題は無いように思います。むしろ,未記載種のままにしておくよりは,分類学的検討が進むまでAegagropilopsis moravicaに充てた方が良いのではないでしょうか。タテヤママリモの形態的な特徴は,著者の調べた限りでは不明瞭でしたが,Aegagropilopsis moravicaとして比較・検討することで,遺伝子を用いた解析だけではなく,形態的な特徴を捉えることも出来るかもしれません。本サイトでは,日本のタテヤママリモの分類学的検討が正式に成されるまで,暫定的ではありますがタテヤママリモをAegagropilopsis moravicaとしました。 |
フジマリモ,カラフトマリモとの関係 |
上述の通り,「タテヤママリモ」と呼ばれてきた種は,Zhao et al. (2015) により,Aegagropilopsis moravicaという種であることが提唱されています。「タテヤママリモ」をAegagropilopsis moravicaとして良いかどうかは,日本のマリモ研究者達の判断を待ちたいところですが,「タテヤママリモ」を巡っては種名以外にも複雑な問題があります。「タテヤママリモ」と同じ種と考えられる種には,カラフトマリモ(Cladophora sauteri f. kannoi )とフジマリモ(Aegagropila sauteri var. yamanakaensis)が挙げられるそうです。カラフトマリモについては現在調査中ですが,フジマリモについては国立科学博物館のホットニュースやプレスリリースに記事が掲載されています。記事によると,山梨県山中湖で「フジマリモ」と呼ばれてきたマリモ状藻類は,マリモとタテヤママリモの2種を含み,その内,1958年に山中湖で採集,栽培されてきた「フジマリモ」はタテヤママリモに近縁という事です。この「フジマリモ」が,Okada (1957) が記載したフジマリモ(Aegagropila sauteri var. yamanakaensis)と同一のものかどうか,分類学的検討が必要ですが,もし「フジマリモ」と「タテヤママリモ」が同一種であるのならば,フジマリモ = Aegagropilopsis moravica ということになります(注)。こうなると,和名を「タテヤママリモ」にするのか,「フジマリモ」にするのか,それとも「カラフトマリモ」にするのかが問題になるかもしれません。和名の問題はサイエンスとしての分類学とは無関係なので,著者には判断が尽きませんが,「タテヤママリモ」としても「フジマリモ」としても社会的な影響がありそうです。和名として提唱されたのが最も古いのは「カラフトマリモ」になりますが,和名には厳密なルールが無いため,学名のような優先権の原則はありません。いずれにしても,種名と共に,和名についても正式な発表・報告がまたれるところです。
注.命名法上,1924年に記載されたAegagropilopsis moravica(Aegagropila moravicaとして)に優先権があります。 |
参考文献 |
秋山 優・廣瀬弘幸・山岸高旺・平野 實 1977. CLASS CHLOROPHYCEAE 緑藻綱.In: 廣瀬弘幸・山岸高旺(編)日本淡水藻図鑑.pp. 275-760. 内田老鶴圃,東京. |
Boedeker, C., O'Kelly, C.J., Star, W.and Leliaert, F. 2012. Molecular phylogeny and taxonomy of the Aegagropila clade (Cladophorales, Ulvophyceae), including the description of Aegagropilopsis gen. nov. and Pseudocladophora gen. nov. Journal of Phycology 48: 808-825. |
Brand, F. 1906. Über Cladophora crispata und die Sektion Aegagropila. Hedwigia 45: 241-259. |
Dvořák, R. 1924. Šestý příspěvek ku květeně moravských řas [6th contribution to the Moravian algal flora]. Sborn. Klubu Přírod. Brno 7: 18-34. |
Gardacský, A. 1986. Cladophora moravica (Dvořák) comb. nova and C. basiramosa Schmidle, two interesting riverine species of the green filamentous algae from Czechoslovakia. Archiv fur Hydrobiologie. Supplementband 73 (Algological Studies 42): 49-77. |
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2015. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 9 September 2015. |
Hanyuda, T., Wakana, I., Arai, S., Miyaji, K., Watano, Y. and Ueda, K. 2002. Phylogenetic relationships within Cladophorales(Ulvophyceae, Chlorophyta)inferred from 18SrRNA gene sequences, with special reference to Aegagropila linnaei. Journal of Phycology 38: 564-571. |
Kanda, F. 1991. The observation of specimens of Cladophora sauteri from Toyama, Japan. Japanese Journal of Phycology 39: 27-30. |
菅野利助 1934. 日本産マリモの研究、主として其球形集團に就て.日本水産学会誌 2: 217-228. |
長井真隆 1988. 富山県立山町のタテヤママリモ.遺伝 42 (1): 101-105. |
Okada, Y. 1957. On a new variety of Aegagropila sauteri found in Lake Yamanaka. Bulletin of the Faculty of Fisheries,Nagasaki University 5:30-33. |
Sakai, Y. 1964. The species of Cladophora from Japan and its vicinity. Scientific Papers of the Institute of Algological Research, Faculty of Science, Hokkaido Imperial University 5: 1-104. |
Tokida, J. 1954. The marine algae of southern Saghalien. Memoirs of the Faculty of Fisheries Hokkaido University 2: 1-264. |
Trevisan, V.B.A. 1845. Nomenclator algarum. Vol. 1. 80 pp. Padoue. |
Zhao, Z.-J., Liu, G.-X. and Hu, Z.-Y. 2015. A new combination species of freshwater Cladophorales and its phylogenetic analysis. Plant Science Journal 33: 281-290. |
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