Gelidiophycus freshwateri |
作成者:鈴木雅大 作成日:2011年3月21日(2020年11月8日更新) |
Gelidiophycus freshwateri G.H.Boo, J.K.Park & S.M.Boo 2013: 1111-1112. |
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),マサゴシバリ亜綱(Subclass Rhodymeniophycidae),テングサ目(Order Gelidiales),テングサ科(Family Gelidiaceae),ヒメテングサ属(Genus Gelidiophycus) |
*1. 吉田(1998)「新日本海藻誌」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),真正紅藻亜綱(Subclass Florideophycidae),テングサ目(Order Gelidiales),テングサ科(Family Gelidiaceae),テングサ属(Genus Gelidium)*Gelidium divaricatumとして |
*2. 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),テングサ目(Order Gelidiales),テングサ科(Family Gelidiaceae),ヒメテングサ属(Genus Gelidiophycus) |
掲載情報 |
Kim & Hwang 2015: 73-76. Figs 58-60. |
Misapplied name |
ヒメテングサ Gelidium divaricatum auct. non G.Martens (1866: 30. Pl. 8, Fig. 4): 岡村 1900: 6. Pl. 2. p.p.; 1902: 21. p.p; 1934: 38. Pl. 16, Figs 1, 2. p.p.; 1936: 456. p.p.; 宮田 1998: 513. Fig. 5-441. p.p.; 吉田 1998: 634. p.p. |
Type locality: Daecheon Beach, Boryeong, Korea. |
Holotype specimen: CNU029987 (Herbarium of Chungnam National University). |
分類に関するメモ:Gelidiophycus freshwateriは従来「ヒメテングサ」と呼ばれてきた種の1つです。「ヒメテングサ」は"Gelidium divaricatum"に充てられてきましたが,Boo et al. (2013) は,日本と韓国で報告されている"G. divaricatum"はタイプ産地である香港のG. divaricatumとは別種であること,テングサ属(Gelidium)とは属が異なることを示し,Gelidiophycus属を設立し,Gelidiophycus属の新種Gp. freshwateriとして記載しました。Boo et al. (2013, 2019) とLin et al. (2018)によると,「ヒメテングサ」と呼ばれてきた種はGp. freshwateriとGp. hongkongensis("Gp. divaricatus"として)の2種類を含んでいると考えられます。本州太平洋沿岸に広く分布するGp. freshwateriの方が「ヒメテングサ」の実体に近いかもしれませんが,「ヒメテングサ」の和名をどちらの種類に充てるのが適当か検討が必要です。 |
撮影地:兵庫県 洲本市 由良(淡路島);撮影日:2018年5月15日;撮影者:鈴木雅大 |
押し葉標本(採集地:兵庫県 洲本市 由良(淡路島);採集日:2018年5月15日;採集者:鈴木雅大) |
採集地:兵庫県 南あわじ市 津井(淡路島);採集日:2020年6月23日;撮影者:鈴木雅大 |
従来「ヒメテングサ (Gelidium divaricatum)」と呼ばれてきた種類です。高さ1 cm程度の小形の紅藻で,岩上にパッチ状の群落を作ります。場所によっては帯状分布を示すこともあります。同じような生育型を示すイソダンツウ(Caulacanthus okamurae)と間違え易いものの,横断切片を作ると一発で区別が付く・・・と思っていたのですが,「ヒメテングサ」は同定や分類に大きな問題があることが分かってきました。 |
「ヒメテングサ」の分類の混乱 |
Boo et al. (2013)は,日本と韓国で報告されているヒメテングサ(= Gelidium divaricatum)がG. divaricatumのタイプ産地である香港のものとは属のレベルで異なる新種であるとして,新属Gelidiophycus属を設立し,「ヒメテングサ」をGelidiophycus属の新種Gp. freshwateriとして記載しました。Boo et al. (2013)は,「G. divaricatum」もテングサ属(Gelidium)ではなくGelidiophycus属であるとしてG. divaricatumをGelidiophycus属に組み替えています。日本産の「ヒメテングサ」はGp. freshwateriになったかと思われたのですが,九州や南西諸島にはBoo et al. (2013)が言う「Gp. divaricatus (= G. divaricatum)」が分布していると言われており,Boo et al. (2019)は韓国と日本周辺におけるGp. divaricatusとGp. freshwateriの分布と遺伝的パターンについて報じています。「ヒメテングサ」はGp. divaricatusとGp. freshwateriの2種を含んでいたことが明らかになったのですが,Boo et al. (2013) が研究に用いた「Gp. divaricatus (= G. divaricatum)」は,G. divaricatumではないとする論文が発表されました。Lin et al. (2018)は,香港で採集したG. divaricatumに近似するサンプルには3種類含まれており,タイプに相当するMartens (1866)の図(注1)に従えば,真のG. divaricatumは従来通りテングサ属(Gelidium)の1種として存在し,Boo et al. (2013)がGelidiophycus属に組み替えた"Gp. divaricatus"はG. divaricatumではない別種であるとして,これをGelidiophycus属の新種Gp. hongkongensisとして記載しました。このため,Boo et al. (2013, 2019)が"Gp. divaricatus"としている種類はGp. hongkongensisということになりました。Boo et al. (2019)はLin et al. (2018)を引用しておらず(注2),韓国と日本周辺には"Gp. divaricatus"とGp. freshwateriの2種が分布すると報じていますが,Lin et al. (2018)に従えば,Gp. freshwateriとGp. hongkongensisが分布していると修正すべきでしょう。ここまでの結論として,日本で「ヒメテングサ」と呼ばれている種類は,本州太平洋沿岸から九州に分布するGp. freshwateriと,九州から南西諸島に分布するGp. hongkongensisの2種類が含まれることになります。和名としてどちらを「ヒメテングサ」と呼ぶのが適当か,検討が必要でしょう。
注1.Gelidium divaricatumはタイプ標本が残されていないので,原記載の図が選定タイプ(Lectotype)として指定されました。 注2. Lin et al. (2018) を知らなかったのか,あえて触れなかったのかは分かりません。ただ,Boo et al. (2019)の投稿時には既にLin et al. (2018)が出版されており,Lin et al. (2018)とBoo et al. (2019)には同一の著者(Dr. Put Ang Jr)が入っているので知らなかったというのは考えにくいかもしれません。 |
G. divaricatum, Gp. freshwateri, Gp. hongkongensisの分布 |
Gelidium divaricatum :2020年の時点では香港でのみ確認されている。 |
Gelidiophycus freshwateri :韓国,日本(本州太平洋沿岸,九州),中国に分布。 |
Gelidiophycus hongkongensis(Boo et al. (2013, 2019)におけるGp. divaricatus):香港,韓国,日本(九州,南西諸島),台湾に分布 |
「ヒメテングサ」型のテングサ類の実態 |
「ヒメテングサ」は小型であることから日本産テングサ類の中ではあまり注目されてこなかったように思います。恥ずかしながら著者は「ヒメテングサ」という種を正確に認識出来ておらず,とりあえずイソダンツウ(Caulacanthus okamurae)とは区別出来るといった程度です。2016年,日本沿岸数ヵ所で採集された「ヒメテングサ」のDNA解析を行う機会がありました。驚いたことに解析したサンプルは全て未記載あるいは日本では未報告の種類であることが示唆され,和名「ヒメテングサ」の候補であるGp. freshwateriとGp. hongkongensisに至ってはGp. hongkongensisと考えられるサンプルが1個体見つかっただけでした。著者自身が採集したサンプルは無く,シリカゲルで乾燥したサンプルしか見ていないので解析したサンプルが元はどのような形態でどのように生育していたのかは分かりませんが,「ヒメテングサ」型のテングサ類はこれまでの認識を遥かに超える多様性があると考えられます。改めて著者自身が過去に作製した押し葉標本や写真を見直したところ,ほとんどが「ヒメテングサ」ではなかったと思われます。兵庫県淡路島で「ヒメテングサ」と呼んでいるものについては,遺伝子解析によりGp. freshwateriであることを確認しましたが,遺伝子解析を行っていないサンプルについては,正直なところ何を特徴として同定すれば良いか分かりません。日本沿岸に生育する「ヒメテングサ」型のテングサ類の実体と種の認識について分類学的研究が俟たれていると思います。 |
参考文献 |
Boo, G.H., Park, J.K. and Boo, S.M. 2013. Gelidiophycus (Rhodophyta: Gelidiales): A new genus of marine algae from East Asia. Taxon 62: 1105-1116. |
Boo, G.H., Qiu, Y.-X., Kim, J.Y., Ang Jr., P.O., Bosch, S., De Clerck, O., He, P., Higa, A., Huang, B., Kogame, K., Liu, S.-L., Nguyen, T.V., Suda, S., Terada, R., Miller, K.A. and Boo, S.M. 2019. Contrasting patterns of genetic structure and phylogeography in the marine agarophytes Gelidiophycus divaricatus and G. freshwateri (Gelidiales, Rhodophyta) from East Asia. Journal of Phycology 55: 1319-1334. |
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2013. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 19 January 2013. |
Kim, H.-S. and Hwang, I.-K. 2015. Algal Flora of Korea Volume 4, Number 10. Rhodophyta: Florideophyceae: Gelidiales, Gracilariales, Procamiales. Marine Red Algae. 140 pp. National Institute of Biological Resources, Incheon. |
Lin, S.-M., Liu, M.-C., Guiry, M.D., Ang, P., Jr., and Hsueh, H.-J. 2018. A reassessment of Gelidium divaricatum G. Martens (Gelidiaceae, Rhodophyta) from Hong Kong, including Gelidiophycus hongkongensis sp. nov. Phytotaxa 348: 49-55. |
Martens, G. von 1866. Die Tange. In: Decker, R. Y. ed. Die Preussische Expedition nach Ost-Asien. Nach amtlichen Quellen. Botanischer Theil. 152 pp. Verlag de Königlichen Geheimen Ober-Hofbuchdruckerei, Berlin. |
宮田昌彦 1998. 第5章 海の藻類 第2節 1-6. テングサ目 Gelidiales.In: 千葉県史料研究財団(編)千葉県の自然誌本編4 千葉県の植物1.pp. 512-517. 千葉県. |
岡村金太郎. 1900. 日本海藻圖説 第1巻 第1冊.敬業社,東京. |
岡村金太郎 1902. 日本藻類名彙.276 pp. 敬業社,東京. |
岡村金太郎 1934. 本邦産てんぐさ属及おばくさ属ニ就テ.水産講習所研究報告 29: 35-53. |
岡村金太郎 1936. 日本海藻誌.964 pp. 内田老鶴圃,東京. |
吉田忠生. 1998. 新日本海藻誌.1222 pp. 内田老鶴圃,東京. |
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189. |
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