ナンブグサ Gelidium subfastigiatum
 
作成者:鈴木雅大 作成日:2021年1月11日
 
ナンブグサ(南部草)
Gelidium subfastigiatum Okamura in Inagaki 1933: 20.
 
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),マサゴシバリ亜綱(Subclass Rhodymeniophycidae),テングサ目(Order Gelidiales),テングサ科(Family Gelidiaceae),テングサ属(Genus Gelidium
 
*1. 吉田(1998)「新日本海藻誌」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),真正紅藻亜綱(Subclass Florideophycidae),テングサ目(Order Gelidiales),テングサ科(Family Gelidiaceae),テングサ属(Genus Gelidium
*2. 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),テングサ目(Order Gelidiales),テングサ科(Family Gelidiaceae),テングサ属(Genus Gelidium
 
掲載情報
岡村 1934: 44. Pl. 24. Pl. 32, Figs 1, 2; 1935: 57. Pl. 334. Pl. 335, Figs 6-8; 1936: 462. Fig. 213; 吉田 1998: 637-638. Pl. 3-39, Fig. E; Shimada & Masuda 2003: 273-274. Figs 4a, 13.
 
Type locality: 北海道 小樽市 忍路
Lectotype specimen: SAP herb. Okamura(北海道大学大学院理学研究科植物標本庫 岡村金太郎コレクション)
 
分類に関するメモ:ナンブグサ(Gelidium subfastigiatum)はマクサ(Gelidium elegansと良く似た種類として知られています(吉田 1998)。Shimada & Masuda (2003)は形態学的特徴と,核コードITS1領域においてマクサの配列と1bpの違い(gap)があることから,ナンブグサを独立した種と結論付けました。
 
遺伝子解析からナンブグサ(Gelidium subfastigiatum)に相当すると考えられる標本
*以下の標本は,遺伝子解析からナンブグサの可能性が示唆されたものですが,見た目はマクサ(G. elegans)そのもので,少なくとも外部形態からはマクサと区別することが出来ませんでした。
 
ナンブグサ Gelidium subfastigiatum
押し葉標本(採集地:岩手県 下閉伊郡 山田町 船越 浦の浜;採集日:2007年6月28日;採集者:鈴木雅大)
 
ナンブグサ Gelidium subfastigiatum
押し葉標本(採集地:青森県 下北郡 東通村 尻屋漁港;採集日:2004年11月13日;採集者:鈴木雅大)
 
ナンブグサ Gelidium subfastigiatum
押し葉標本(採集地:新潟県 佐渡市 達者(佐渡島);採集日:2003年3月5日;採集者:鈴木雅大)
 
ナンブグサ Gelidium subfastigiatum
押し葉標本(採集地:福岡県 福津市 津屋崎;採集日:2018年4月18日;採集者:鈴木雅大)
 
Shimada & Masuda (2003)による遺伝子解析では,ITS1領域で1bpのgapがあるものの,alighnmentすると100%一致するため,ITS1領域を基にナンブグサとマクサを区別するのは難しいと考えられます。2010年代以降のテングサ類の分類学的研究で"G. subfastigatum"とラベルされたサンプルはありません。著者もナンブグサとマクサを区別することは難しいと考えていたのですが,別件でテングサ属(Gelidium)の遺伝子解析を行ったところ,"G. elegans"とされているrbcL遺伝子とcox1遺伝子の中にナンブグサとみなされる配列が複数あることに気が付きました。Kim et al. (2012) によるG. elegansの系統地理学的研究と,国際塩基配列データベースで公開されている遺伝子配列から判断すると,日本海沿岸,津軽海峡,下北半島から三陸地域にかけての本州太平洋沿岸で「マクサ」と呼ばれているものは「ナンブグサ」に相当し,「マクサ」の分布域は房総半島以南の太平洋沿岸に限られるようです。

ナンブグサが独立の種であることが示唆されたのは大きな進展ですが,遺伝子解析からナンブグサであることが示唆された標本の多くは,マクサと形態的に区別することが困難でした。ナンブグサの特徴は,枝の先端部が太くなり,長刀状の形を呈することで,北海道や東北地方ではいわゆる典型的なナンブグサがマクサに混じって採集されます。しかし,本サイトに掲載しているように,ナンブグサとされる標本の多くが,長刀状の枝を持っておらず,著者はこれまで何の疑いも持たずに「マクサ」と同定していました。ただし,著者の採集記録によると,下北半島(2004年)と佐渡島(2003年)の標本には「マクサとは思えない」というメモが添えられており,採集時に何らかの違和感を感じていたようです。10年以上経過する間にすっかり忘れており,記録を読んでビックリしました。何が気になったのか当時の自分に問い正したいのと,分類学者とは思えない抽象的な記録しか残さなかったことに恥じ入るばかりです。おそらく採集時や押し葉標本を作製した時の手触りなどではないかと思いますが,当時の著者の直感を信じるならば,マクサとナンブグサを形態的に区別する特徴が見つかるかもしれません。あまりにも一般的な紅藻なのでこれまで真剣に観察することはなかったのですが,日本海沿岸や東北地方を訪ねる機会があったら,マクサとの違いを調べてみても良いかと思いました。

 
テングサの乾場
 
テングサの乾場
テングサ(天草)の乾場(撮影地:青森県 下北郡 東通村;撮影日:2005年8月5日;撮影者:鈴木雅大)
 
下北半島で撮影したテングサの乾場です。おそらくナンブグサに相当すると考えられますが,マクサを原料とする寒天と,ナンブグサを原料とする寒天とで食感や融点などに違いがあるものか気になるところです。
 
参考文献
 
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2021. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 11 January 2021.
 
稲垣貫一 1933. 忍路湾及び其れに近接せる沿岸の海産紅藻類.北海道帝国大学理学部海藻研究所報告 2: 1-77.
 
Kim, K.M., Hoarau, G.G. and Boo, S.M. 2012. Genetic structure and distribution of Gelidium elegans (Gelidiales, Rhodophyta) in Korea based on mitochondrial cox1 sequence data. Aquatic Botany 98: 27-33.
 
岡村金太郎 1934. 本邦産てんぐさ属及おばくさ属ニ就イテ.水産講習所研究報告 29: 35-87.
 
岡村金太郎 1935. 日本藻類圖譜 第7巻 第7集.東京.*自費出版
 
岡村金太郎 1936. 日本海藻誌.964 pp. 内田老鶴圃,東京.
 
Shimada, S. and Masuda, M. 2003. Reassessment of the taxonomic status of Gelidium subfastigiatum (Gelidiales, Rhodophyta). Phycological Research 51: 271-278.
 
吉田忠生. 1998. 新日本海藻誌.1222 pp. 内田老鶴圃,東京.
 
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189.
 
 
日本産海藻リスト紅藻植物門真正紅藻亜門真正紅藻綱マサゴシバリ亜綱テングサ目テングサ科テングサ属ナンブグサ
 
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