カヅノイバラ Hypnea cervicornis |
作成者:鈴木雅大 作成日:2011年11月19日(2022年8月7日更新) |
カヅノイバラ(鹿角茨) |
Hypnea cervicornis J. Agardh 1851: 451-452. |
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),マサゴシバリ亜綱(Subclass Rhodymeniophycidae),スギノリ目(Order Gigartinales),シストクロニウム科(Family Cystocloniaceae),イバラノリ属(Genus Hypnea) |
* 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),スギノリ目(Order Gigartinales),イバラノリ科(Family Hypneaceae),イバラノリ属(Genus Hypnea)*H. flexicaulisとして |
掲載情報 |
岡村 1916: 35. Pl. 159, Figs 6-9. Pl. 150, Figs 1-5; Tanaka 1941: 240. Fig. 13; Dawson 1961: 234-235. Pl. 34, Figs 3, 4; Pl. 35, Fig. 3. |
Heterotypic synonym |
ナンカイイバラ Hypnea boergesenii Tak. Tanaka 1941: 233. Figs 6-8. Pl. 53, Fig. 1; Nam & Kang 2015: 78-82. Figs 68-71. |
Hypnea flexicaulis Y. Yamagishi & Masuda 2000: 28. Figs 1-9, 16; Nam & Kang 2015: 87-90. Figs 76-79. |
Lectoype locality: Bahia State, Brazil. |
Lectotype specimen: LD (Lund University, Sweden) |
分類に関するメモ:カヅノイバラは,岡村 (1916), Tanaka (1941) によりHypnea cervicornisとされてきましたが,Yamagishi & Masuda (1997) はH. cervicornisをヒメイバラノリ(H. spinella)の異名同種(シノニム)としました。その後,Yamagishi & Masuda (2000) は,カヅノイバラをヒメイバラノリと区別し,新種H. flexicaulisとして記載しました。Jesus et al. (2016) は,日本,韓国,台湾,フォリピン,モルディブ,パナマ,ブラジルでH. cervicornisあるいはH. flexicaulisなどの種に充てられているサンプルを調査・整理し,遺伝子解析を基にH. flexicaulisをH. cervicornisの異名同種(シノニム)としました。 |
撮影地:兵庫県 淡路市 岩屋 田ノ代海岸(淡路島);撮影日:2022年7月29日;撮影者:鈴木雅大 |
撮影地:兵庫県 淡路市 岩屋 田ノ代海岸(淡路島);撮影日:2019年7月30日;撮影者:鈴木雅大 |
採集地:兵庫県 淡路市 岩屋 田ノ代海岸(淡路島);採集日:2018年8月21日;撮影者:鈴木雅大 |
採集地:愛媛県 松山市 高浜町 白石ノ鼻;採集日:2016年5月21日;撮影者:鈴木雅大 |
押し葉標本(採集地:千葉県 館山市 沖ノ島;採集日:2005年3月18日;採集者:鈴木雅大) |
押し葉標本(採集地:新潟県 柏崎市 椎谷 観音崎;採集日:2017年6月21日;採集者:鈴木雅大) |
カヅノイバラは,岡村 (1916), Tanaka (1941) によりHypnea cervicornisとされてきましたが,Yamagishi & Masuda (1997) によってヒメイバラノリ(H. spinella)の異名同種(シノニム)とされました。その後,Yamagishi & Masuda (2000) は,カヅノイバラをヒメイバラノリと区別し,新種H. flexicaulisとして記載しました。Jesus et al. (2016) は,日本,韓国,台湾,フォリピン,モルディブ,パナマ,ブラジルでH. cervicornisあるいはH. flexicaulisなどの種に充てられているサンプルを調査・整理し,遺伝子解析を基にH. flexicaulisをH. cervicornisの異名同種(シノニム)としました。
Jesus et al. (2016) によって整理された結果,カズノイバラ = H. cervicornisは,太平洋,大西洋,インド洋に広く分布するコスモポリタンな種類となりました。日本,韓国,台湾でカヅノイバラ(H. flexicaulis 現 H. cervicornis)とされてきたサンプルは,ブラジルのH. cervicornisと,rbcL遺伝子で0.8-1.6% (10-21 bp),cox1遺伝子で2.6-4.3% (12-20 bp)の差異があるのですが(注),Jesus et al. (2016) が行ったDNA-based species delimitation methods (DNAの塩基配列に基く種の境界設定方法)では,cox1遺伝子,rbcL遺伝子ともにH. cerivicornisは同一種と判定されました(注)。遺伝子解析に基づいて種の境界を定めるとすると,DNA-based species delimitation methods以外に判断基準がないため,4.3%の差異があっても同種という判定結果ならば従わざるを得ないでしょう。遺伝子の塩基配列の変異の幅は,紅藻類のグループによって異なるため,他の仲間と比べてもあまり意味がないのですが,イバラノリの仲間はcox1遺伝子が4.3%違っていても種分化に至っていないと解釈されるようです。 注.Jesus et al. (2016) は,cox1遺伝子について465 bpしか用いていませんが,cox1遺伝子は,通常600bp前後を用いるものなので,配列の差異はより大きい可能性があります。 Jesus et al. (2016) はH. cerivicornisとH. flexicaulisの形態的特徴について,外部形態にしか言及していないのですが,Yamagishi & Masuda (2000) によると,H. flexicaulisは体の横断面において,髄層細胞にレンズ状の肥厚を持たないため,H. cerivicornisとは形態的に異なっています。ただし,後述の通り,H. flexicaulisとrbcL遺伝子の配列が近似する台湾のナンカイイバラ(H. boergesenii = 現 H. cerivicornis)は,髄層細胞にはっきりとしたレンズ状の肥厚を持ちます。イバラノリ属(Hypnea)の他種では,細胞のレンズ状の肥厚について,「しばしば」,「稀に」などの表現がみられるので,レンズ状の肥厚の有無は種の形態的特徴にはならないのかもしれません。著者個人としては,遺伝子解析と形態的特徴の解釈についてどちらも釈然としないのですが,反論する論文が出ない限りは,Jesus et al. (2016) に従い,カヅノイバラをH. cerivicornisとするのが妥当ではないかと思います。 注.Jesus et al. (2016)はDNA-based species delimitation methods において,H. cerivicornis/H. flexicaulis, H. tenuis, H. spinella, H. brasiliensisしか用いていないのですが,H. asiatica, H. japonicaなど,遺伝子配列が公開されている全てのイバラノリ属の配列を用いても同じ結果になるのかどうか気になるところです。 |
ナンカイイバラ Hypnea boergesenii |
押し葉標本(採集地:台湾 台北縣 龍洞灣(現 新北市 龍洞灣);採集日:2009年4月15日;採集者:鈴木雅大) |
Hypnea boergeseniiは台湾が日本統治下だった時に"日本産種"として記載された種で,「ナンカイイバラ」という和名が与えられています。日本での生育は現在のところ確認されていないので,現在の日本の海藻図録や目録には掲載されていません。Jesus et al. (2016) は本種をH. cervicornisの異名同種(シノニム)としました。Millar & Prud'homme van Reine (2005) がH. aspera(現 H. cervicornis)と本種が同一種だと指摘していることや,H. boergeseniiとされているrbcL遺伝子の配列(AF385634;採集地は台湾龍洞)がH. cervicornisに近似していることなどが根拠となっています。ナンカイイバラの外形はH. cervicornisとはかなり異なるように見えるのですが,ナンカイイバラとカヅノイバラ(H. flexicaulis = 現 H. cerivicornis)が同じ種であるのであれば,外形が生育地によって異なっていてもおかしくはないかもしれません。ナンカイイバラは体の横断面において髄層細胞にレンズ状の肥厚を持つため,H. flexicaulisよりはH. cerivicornisと形態的に近いと考えられます。ナンカイイバラに相当するcox1遺伝子の配列はありませんが,Jesus et al. (2016) に従えば,H. boergeseniiはH. cervicornisの異名同種(シノニム)と考えられます。 |
ヒメイバラノリ "Hypnea spinella" について |
押し葉標本(採集地:台湾 台北縣 龍洞灣(現 新北市 龍洞灣);採集日:2009年5月18日;採集者:鈴木雅大) |
台湾北東部で"Hypnea spinella" と呼ばれている種類です。Nauer et al. (2014) とJesus et al. (2016) によると,太平洋西岸で"H. spinella"と呼ばれているものは,H. cervicornisか別の種類(未記載種?)と考えられます。文献やサンプルを精査する必要がありますが,台湾北東部で"H. spinella"と呼ばれているものは,おそらくH. cervicornisに相当すると思います。これはH. cervicornisがH. spinellaの異名同種(シノニム)とされたことがあるためで,Nauer et al. (2014) とJesus et al. (2016) によって,H. cervicornisとH. spinellaがそれぞれ独立の種と改められたことから,台湾の"H. spinella"はH. cervicornisに戻すのが妥当でしょう。外部形態しか比較しておりませんが,著者が台湾龍洞で採集した"H. spinella"はH. cervicornisに相当すると思います。
台湾北東部の"H. spinella"はH. cervicornisとして問題ないと思いますが,日本でヒメイバラノリ("H. spinella")と呼んでいる種はH. cervicornisとは異なる種であると考えられます。Nauer et al. (2014) とJesus et al. (2016) によると,Yamagishi & Masuda (1997, 2000)が"H. spinella"としている沖縄産のサンプルと,国際塩基配列データベースに公開されているベトナム産の"H. spinella"のrbcL遺伝子の配列は,H. spinellaとは系統的に離れており,別種と考えられます。公開されている遺伝子配列に近似するものがないため,新種の可能性が高く,分類学的検討が必要と考えられます。 |
参考文献 |
Agardh, J.G. 1851. Species genera et ordines algarum. pp. 337-506. C.W.K. Gleerup, Lundae. |
Dawson, E.Y. 1961. Marine red algae of Pacific Mexico. Part 4. Gigartinales. Pacific Naturalist 2: 191-343. |
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2011. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 19 November 2011. |
Jesus, P.B. de, Nauer, F., Lyra, G.de M., Nunes, J.M. de C. and Schnadelbach, A.S. 2016. Species-delimitation and phylogenetic analyses of some cosmopolitan species of Hypnea (Rhodophyta) reveal synonyms and misapplied names to H. cervicornis, including a new species from Brazil. Journal of Phycology 52: 774-792. |
Millar, A.J.K. and Prud'homme van Reine, W.F. 2005. Marine benthic macroalgae collected by Vieillard from New Caledonia and described as new species by Kützing. Phycologia 44: 536-549. |
Nam, K.W. and Kang, P.J. 2015. Algal flora of Korea. Volume 4, Number 11. Rhodophyta: Florideophyceae, Gigartinales: Gigartinaceae: Cystocloniaceae, Kallymeniaceae. Marine red algae. 146 pp. National Institute of Biological Resources, Incheon. |
Nauer, F., Guimarães, N.R., Cassano, V., Yokoya, N.S. and Oliveira, M.C. 2014. Hypnea species (Gigartinales, Rhodophyta) from the southeastner coast of Brazil based on molecular studies complemented with morphological analyses, including descriptions of Hypnea edeniana sp. nov. and H. flava sp. nov. European Journal of Phycology 49: 550-575. |
岡村金太郎 1916. 日本藻類圖譜 第4巻 第2集.東京.*自費出版. |
Tanaka, T. 1941. The genus Hypnea from Japan. Scientific Papers of the Institute of Algological Research, Faculty of Science, Hokkaido Imperial University 2: 227-250. |
Yamagishi, Y. and Masuda, M. 1997. The species of Hypnea from Japan. In: Taxonomy of Economic Seaweeds. (Abbott, I.A. Eds) Vol.6, pp. 135-162. California Sea Grant College System, California. |
Yamagishi, Y. and Masuda, M. 2000. A taxonomic revision of a Hypnea charoides-valentiae complex (Rhodophyta, Gigartinales) in Japan, with a description of Hypnea flexicaulis sp. nov.. Phycological Research 48: 27-36. |
吉田忠生. 1998. 新日本海藻誌.1222 pp. 内田老鶴圃,東京. |
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189. |
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