ダルス Devaleraea inkyuleei |
作成者:鈴木雅大 作成日:2011年6月10日(2022年9月19日更新) |
ダルス(英名:Dulse) |
Devaleraea inkyuleei Skriptsova & Mas. Suzuki in Skriptsova et al. 2022: 610. Figs 4-13. |
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),ウミゾウメン亜綱(Subclass Nemaliophycidae),ダルス目(Order Palmariales),ダルス科(Family Palmariaceae),ホソベニフクロノリ属(Genus Devaleraea) |
*1. 吉田(1998)「新日本海藻誌」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),真正紅藻亜綱(Subclass Florideophycidae),ダルス目(Order Palmariales),ダルス科(Family Palmariaceae),ダルス属(Genus Palmaria)*Palmaria palmataとして |
*2. 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),ダルス目(Order Palmariales),ダルス科(Family Palmariaceae),ダルス属(Genus Palmaria)*Palmaria palmataとして |
その他の異名 |
Rhodymenia palmata auct. non (Linnaeus) Greville (1830: xlix, 93); 遠藤 1911: 659, figs. 32, 188, 189; 稲垣 1933: 46; 山田 1934: 43; 岡村 1936: 674. Fig. 322; 1937: 67. Pl. 343, Figs 4-9. Pl. 344, Fig. 6. |
Rhodymenia palmata f. sarniensis auct. non (Mertens) Kjellman (1883: 189); 岡村 1937: 77, Pl. 344, Fig. 7. |
Palmaria palmata auct. non (Linnaeus) F. Weber & D. Mohr (1805: 300); Lee 1978: 32-48. Figs 13-17. Pl. 2, Figs A-C; Yabu & Yasui 1984: 279, 281. Figs 1-6; Deshmukhe & Tatewaki 1990: 216-220. Figs 1-25; 舘脇 1993: 290, 291. Fig. 144; 吉田 1998: 479. Pl. 3-6, Figs A-D. |
Type locality: 北海道 室蘭市 電信浜 |
Holotype specimen: TNS-AL 184194(国立科学博物館植物研究部) |
分類に関するメモ:ダルスは,大西洋に分布する"Palmaria palmata"に充てられてきました。Devaleraea mollisと近似することから,"D. cf. mollis"と表記されたこともありましたが,Skriptsova et al. (2022) は,ダルスを他種と区別し,新種D. inkyuleeiとして記載しました。 |
撮影地:北海道 室蘭市 幸町 電信浜;撮影日:2012年5月20日;撮影者:鈴木雅大 |
撮影地:青森県 八戸市 鮫町 蕪島;撮影日:2012年5月6日;撮影者:鈴木雅大 |
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押し葉標本(採集地:北海道 室蘭市 母恋南町 チャラツナイ浜;採集日:2004年3月30日;採集者:鈴木雅大) |
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押し葉標本(採集地:岩手県 下閉伊郡 山田町 織笠漁港;採集日:2004年3月11日;採集者:鈴木雅大) |
ダルスは,海藻の専門家の間では良く知られた紅藻です。和名の「ダルス」は,大西洋に分布するPalmaria palmataの現地での呼び名である「Dulse」をカタカナ読みしたものです。Palmaria palmataは,北欧やカナダの大西洋沿岸において古くから食用とされてきた海藻で,「Dulse」はアイルランド語の「Duilesc」が語源と考えられています。日本以外の国で海藻が文化と呼べるほど浸透しているところは少ないと思いますが,利用されている地域において,「Dulse」は一般家庭の食卓にごく普通に並ぶ他,ケルト神話で知られるマビノギオン物語に登場するなど,日本におけるワカメ・コンブ・ヒジキ・海苔のような存在です。日本を含む太平洋沿岸において,ダルスはごく限られた地域でしか利用されておりませんでしたが,近年,海藻業界において「ダルス」という単語を見かける機会が多くなってきたようです。極め付けは,2015年7月にオレゴン州立大学のHatfield Marine Science Centerが発表した「 Devaleraea mollis (注1) = ベーコン味のする海藻」でしょう。健康食品として今後注目が高まるかもしれません。余談ですが,著者はオレゴン州立大の先生から頼まれて,Hatfield Marine Science Centerで栽培しているD. mollisのDNA鑑定をしたことがあります。
さて,ダルスがワカメ・コンブ・ヒジキ・海苔のような海藻の王道となれるかどうかは分かりませんが,今後ダルスが話題になる機会は増えると思い,本ウェブサイトのダルスの説明を追記することにしました。日本産のダルスは種分類の解決が成されておらず,どの種に充てたら良いか,複数の隠蔽種を含むのかどうかなどの分類学的問題がありました。1980年代まで,Palmaria palmataという種が北半球の冷温帯から亜寒帯域に広く分布していると考えられてきました。しかし,大西洋のP. palmataと太平洋の"P. palmata"とは,生殖的隔離があること(掛け合わない),形成される造果器(紅藻類特有の生卵器)の数が異なることから,van den Meer & Bird (1985) は,カリフォルニア以北の北アメリカ大陸沿岸で報告されてきた「Dulse」をP. mollisという別種として区別しました(注2)。Palmaria mollisは,2015年に「ベーコン味のする海藻」として話題になった種類で,現在は「Pacific dulse」と呼ばれているそうです。Saunders et al. (2018) はP. mollisをPalmaria属からホソベニフクロノリ属(Devaleraea)に移したため,現在の学名はDevaleraea mollisです。近年,DNAを用いた分類が一般的となり,ダルスの仲間もITS領域,26S rDNAやcox1遺伝子を用いた分子系統解析が実施されています。ダルス類を直接扱ってはいませんが,Clayden & Saunders (2010) による分子系統解析では,大西洋のP. palmataとカナダの太平洋東岸のD. mollisは系統的にはっきりと区別されています。著者が行ったオレゴン州のD. mollisのDNA鑑定結果もこれを支持しており,P. palmataの分布は大西洋沿岸に限られ,太平洋沿岸で"P. palmata"として報告されてきた種類は,D. mollisか別の種であると考えられます。 注1.Saunders et al. (2018) はP. mollisをPalmaria属からホソベニフクロノリ属(Devaleraea)に移しました。 注2.Setchell & Gardner (1903) が,P. palmataの品種(forma)として記載したP. palmata f. mollisを種の階級としました。 |
ダルスはDevaleraea inkyuleei |
北太平洋西岸,すなわち日本の「ダルス」について,Palmaria palmataとの掛け合わせ実験は未だ行われていませんが,Deshmunke & Tatewaki (1990) は,北海道室蘭産のダルスの形成する造果器の数が,P. mollisに(現 Devaleraea mollis)に近似することを挙げ,「室蘭産のダルスはP. mollis(= D. mollis)である」と述べています。「室蘭産」と限定してはいますが,日本で報告されてきたP. palmataがD. mollisであることを示唆した初めての論文です。しかし,ダルスがP. palmataとは別種であることが確実となったにもかかわらず,これまで日本産のダルスをD. mollisとした学術的な文献は無く,D. mollisとの関係を指摘しつつもP. palmataに充て続けていました(舘脇 in 堀 1993,吉田 1998,吉田ら 2015)。
著者は,2012年頃,北海道,青森県,岩手県で採集したダルスの遺伝子解析を行い,ダルスの分類学的検討を試みましたが,rbcL遺伝子とcox1遺伝子を用いた解析では,D. mollisと明確に区別することが出来ませんでした。その後,D. mollisと近似することから,"D. cf. mollis"と表記されたこともあります(Hansen et al. 2018)。ダルスの分類学的研究には,オホーツク海やベーリング海に面するロシア沿岸のサンプルとの比較が必要と考えられ,行き詰まっていたのですが,2021年,ウラジオストックのAnna V. Skriptsova博士から共同研究の依頼がありました。Skriptsova博士は,カナダの研究者とも共同で北太平洋東岸から西岸に至る複数の地域でダルスの仲間を採集,解析しており,日本のサンプルを加えればほぼ全地域を網羅出来るという状況でしたので,著者は協力を快諾しました。日本産のサンプルについて,ITS領域,COB遺伝子,psaA遺伝子の配列を新たに決定し,北太平洋両岸のサンプルと共に解析したところ,ダルスは,D. mollisと区別され,D. stenogonaと姉妹群になることが示唆されました。DNA-based species delimitation methods (DNAの塩基配列に基く種の境界設定方法)において,ダルスは,D. stenogonaともD. mollisとも異なる別種と判断されたことから,ダルスを新種D. inkyuleeiとして記載しました(Skriptsova et al. 2022)。学名は当初"D. japonica"を考えていたのですが,サハリンでも分布が確認されたことから,日本のダルス類のモノグラフ的研究を実施されたIn Kyu Lee(李 仁圭)博士への献名として"D. inkyuleei"としました。 解決までに10年を要したものの,ダルスの分類が整理されてほっとしました。1サンプルにつき,ITS領域,cox1遺伝子,COB遺伝子,psaA遺伝子の配列を揃えるのは,まあまあの手間でしたが,それなりに解像度の高い解析が出来たと思います。褐藻類などでは,単独の遺伝子解析ではどうにもならなかったものが,多遺伝子解析によって整理されるという事例が知られており(例.カジメ類),紅藻類においても今後,多遺伝子解析が一般的になっていくだろうと思います。 ただし,1つだけ心残りというか大きな問題があります。それは,D. inkyuleei, D. mollis, D. stenogonaについて,形態的にはほぼ違いがないということです。ダルスの仲間は形態変異が激しく,外部形態では区別がつきません。加えて,皮層や内層,四分胞子嚢などの内部形態や生殖器官の構造でも3種を区別することが出来ませんでした。盤状体から形成される雌性配偶体の形態に違いがある可能性が残されているものの,培養によって確かめる必要があり,現時点では実施出来ていません。日本で確認されているダルス類は,今のところ,ダルスとアツバダルス(D. marginicrassa)の2種のみなので(注),同定に困ることはないと考えられるものの,北海道東部沿岸などには,D. mollisかD. stenogonaが分布している可能性も否定出来ず,遺伝子解析による同定が必要になるかもしれません。本音を言うと,形態的に区別出来ないのであれば,ダルスは,D. mollisとしても構わない(わざわざ種を分ける必要はない)と思っていたのですが,北太平洋のダルス類の分類を整理したいというSkriptsova博士の熱意に打たれ,新種とすることに同意しました。形態的特徴では区別出来ず,遺伝子解析によってのみ区別,記載される種は増え続けていますが,分類学的検討が行き詰まり,曖昧なまま残されるよりは良いのかもしれません。藻類の分類学者の一人として大変悩ましいところです。 注.体が袋状になるカタベニフクロノリ(D. firma)とホソベニフクロノリ(D. ramentacea)を除く。 |
ダルスの形態変異 |
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押し葉標本(採集地:岩手県 下閉伊郡 山田町 小谷鳥漁港;採集日:2010年7月24日;採集者:鈴木雅大) |
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押し葉標本(採集地:青森県 八戸市 鮫町 蕪島;採集日:2006年8月9日;採集者:鈴木雅大) |
ダルスは形態変異の激しい海藻の1つです。このページで先に挙げた北海道室蘭市,青森県八戸市,岩手県山田町産のダルスが一般的あるいは典型的なダルスの外形だと思いますが,枝の幅が狭くて体が厚いもの,葉の両縁や体の表面から副出枝を多数生じるものなど,生育地や生育時期によって同じ種類とは思えない位形が変わります。幅の狭い岩手県山田町小谷鳥港産の個体は,形態変異と言われれば納得できないこともありませんが,八戸市鮫町産の個体についてはダルス属の別種で,新種か日本新産種に違いないと思ってきました。しかし,遺伝子配列を比較したところ,著者が室蘭,函館,八戸,岩手県山田町で採集したダルス類は遺伝的な違いがほとんど無く,同一種であることが示唆されました。この結果は,著者にとってヒラムカデ Grateloupia lividaに匹敵する衝撃でした。紅藻に限らず緑藻と褐藻にも言えることですが,海藻の形態変異には度肝を抜かれることが本当に多い…。種名(学名)の問題はともかく,北海道室蘭から東北地方に生育するダルスはどのような形をしていても1種類である可能性が高いので,同定に頭を悩ますことはなくなったと言えるかもしれません。未だ採集していない北海道道東部に生育するダルスについても確かめてみたいと思っています。 |
参考文献 |
Deshmukhem, G.V. and Tatewaki, M. 1990. The life history and evidence of the macroscopic male gametophyte in Palmaria palmata (Rhodophyta) from Muroran, Hokkaido, Japan. Japanese Journal of Phycology 38: 215-221. |
Greville, R.K. 1830. Algae britannicae. 218 pp. McLachlan & Stewart; Baldwin & Cradock, Edinburgh & London. |
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2011. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 10 June 2011. |
Hansen, G.I., Hanyuda, T. and Kawai, H. 2018. Invasion threat of benthic marine algae arriving on Japanese tsunami marine debris in Oregon and Washington, USA. Phycologia 57: 641-658. |
稲垣貫一 1933. 忍路湾及び其れに近接せる沿岸の海産紅藻類.北海道帝国大学理学部海藻研究所報告 2: 1-77. |
Kjellman, F.R. 1883. Norra Ishafvets algflora. Vega-expeditionens Vetenskapliga Iakttagelser 3: 1-431. |
Lee, I. K. 1978. Studies on Rhodymeniales from Hokkaido. Journal of the Faculty of Science, Hokkaido University, Series V (Botany) 11: 1-203. |
岡村金太郎 1936. 日本海藻誌.964 pp. 内田老鶴圃,東京. |
岡村金太郎 1937. 日本藻類圖譜 第7巻 第9集.東京.*自費出版 |
Saunders, G.W., Jackson, C. and Salomaki, E.D. 2018. Phylogenetic analyses of transcriptome data resolve familial assignments for genera of the red-algal Acrochaetiales-Palmariales Complex (Nemaliophycidae). Molecular Phylogenetics and Evolution 119: 151-159. |
Skriptsova, A.V., Suzuki, M. and Semenchenko, A.A. 2022. Morphological variation in Northwest Pacific Devaleraea mollis and description of D. inkyuleei sp. nov. (Palmariaceae, Rhodophyta). Phycologia 61: 606-615. |
舘脇正和 1993. Palmaria palmata (Linnaeus) O. Kuntze(ダルス).In: 堀 輝三(編)藻類の生活史集成第2巻 褐藻・紅藻類.pp. 290, 291. 内田老鶴圃,東京. |
van der Meer, J.P. and Bird, C.J. 1985. Palmaria mollis stat. nov.: a newly recognized species of Palmaria (Rhodophyceae) from the northeast Pacific coast. Canadian Journal of Botany 63: 398-403. |
Weber, F. and Mohr, D.M.H. 1805. Einige Worte über unsre bisherigen, hauptsächlich carpologischen Zergliederungen von kryptogamischen Seegewächsen. Beiträge zur Naturkunde 1: 204-329. |
Yabu, H. and Yasui, H. 1984. The male gametophyte of Japanese Palmaria palmata (Rhodophyta). Japanese Journal of Phycology 32: 279-282. |
山田幸男 1934. 得撫島,特に家間附近産海藻目録.北海道帝国大学理学部海藻研究所報告 3: 1-50. |
遠藤吉三郎 1911. 海産植物学.748 pp. 博文館,東京. |
吉田忠生 1998. 新日本海藻誌.1222 pp. 内田老鶴圃,東京. |
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189. |
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