ヒラムカデ "Grateloupia" livida
 
作成者:鈴木雅大 作成日:2011年11月18日(2023年4月9日更新)
 
ヒラムカデ(平百足)
"Grateloupia" livida (Harvey) Yamada 1931: 74.
 
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),マサゴシバリ亜綱(Subclass Rhodymeniophycidae),イソノハナ目(Order Halymeniales),ムカデノリ科(Family Grateloupiaceae),"ムカデノリ属(Genus Grateloupia)"
 
*1. 吉田(1998)「新日本海藻誌」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),真正紅藻亜綱(Subclass Florideophycidae),スギノリ目(Order Gigartinales),ムカデノリ科(Family Halymeniaceae),ムカデノリ属(Genus Grateloupia
*2. 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),スギノリ目(Order Gigartinales),ムカデノリ科(Family Halymeniaceae),ムカデノリ属(Genus Grateloupia
 
掲載情報
岡村 1936: 541; 吉田・川口 1998: 716-717. Pl. 3-51, Figs C, D; Nam & Kang 2013: 70, 71.
 
Basionym
  Nemastoma lividum Harvey 1857: 332.
Heterotypic synonyms
  Schizymenia ligulata Suringar 1867: 258. (Type locality: 日本(産地不明))
   ≡ Grateloupia ligulata (Suringar) F. Schmitz 1894: 634.
  Grateloupia furcata Holmes 1896: 254. Pl. 10, Fig. 3. nom. illeg. [非合法名] (Type locality: 静岡県下田)
  Grateloupia jubata Yendo 1920: 10; Yoshida 1991: 7. Pl. 33. (Type locality: 北海道 函館 山背泊.Lectotype specimen: TI herb. Yendo(東京大学植物標本庫)*SAP(北海道大学大学院理学研究院植物標本庫)に永久貸与)
  カイフノリ Grateloupia kaifuensis Yendo 1920: 10; Yoshida 1991: 7. Pl. 34. (Type locality: 新潟県 寝屋.Lectotype specimen: TI herb. Yendo(東京大学植物標本庫)*SAP(北海道大学大学院理学研究院植物標本庫)に永久貸与)
  Grateloupia nipponica Yendo 1920: 10, 11; Yoshida 1991: 8. Pl. 35. (Type locality: 兵庫県 但馬 津居山.Holotype specimen: TI herb. Yendo(東京大学植物標本庫)*SAP(北海道大学大学院理学研究院植物標本庫)に永久貸与)
その他の異名
  Grateloupia prolongata auct. non J. Agardh (1847: 10); Yendo 1914: 279. p.p.
  Grateloupia dichotoma auct. non J. Agardh (1842: 103); Yendo 1918: 81.
 
Type locality: 静岡県 下田
Holotype specimen: TCD herb. Harvey (Trinity College, Dublin, Ireland)
 
分類に関するメモ:ヒラムカデは,ムカデノリ属(Grateloupia)のメンバーとされています。Carderon et al. (2014) ,Kim et al. (2014) などによる遺伝子解析において,ムカデノリ属が多系統群であることが示されました。ヒラムカデはヒラキントキ属(Prionitis)のクレードに含まれることが示唆されており,属の所属について今後の検討が必要と考えられます。本サイトでは,ヒラムカデを暫定的にムカデノリ属のメンバーとしました。
 
ヒラムカデ Grateloupia livida
撮影地:兵庫県 淡路市 岩屋 田ノ代海岸(淡路島);撮影日:2017年2月25日;撮影者:鈴木雅大
 
ヒラムカデ Grateloupia livida
撮影地:兵庫県 淡路市 岩屋 田ノ代海岸(淡路島);撮影日:2016年1月27日;撮影者:鈴木雅大
 
ヒラムカデ Grateloupia livida
撮影地:三重県 志摩市 志摩町 片田;撮影日:2017年4月14日;撮影者:鈴木雅大
 
ヒラムカデ Grateloupia livida
押し葉標本(採集地:兵庫県 淡路市 岩屋 田ノ代海岸(淡路島);採集日:2016年1月27日;採集者:鈴木雅大)
 
ヒラムカデ Grateloupia livida
押し葉標本(採集地:千葉県 銚子市 アシカ島;採集日:2008年6月20日;採集者:鈴木雅大)
         
  ヒラムカデ Grateloupia livida   ヒラムカデ Grateloupia livida  
押し葉標本(採集地:千葉県 富津市 竹岡棚海岸;採集日:2000年12月13日;採集者:鈴木雅大)
 
ヒラムカデ Grateloupia livida
多数分枝し,とてもヒラムカデとは思えない個体。新種あるいは新産種と考えていたが…。
 
ヒラムカデ Grateloupia livida
押し葉標本(採集地:静岡県 下田市 鍋田;採集日:2005年5月11日;採集者:鈴木雅大)
 
ヒラムカデ(Grateloupia livida)は,時に信じ難い形態変異を見せる種類です。海藻図鑑などでは,分枝しないか体の中部から上部で二叉分枝するものがヒラムカデとして紹介されていますが,内湾部やタイドプールなどでは,体の縁辺から副出枝を多数生じる個体や,縁辺に加えて体の表面からも副出枝を生じる個体が普通に見られます。これらの副出枝を生じた個体はムカデノリ(Grateloupia asiaticaキョウノヒモ(Polyopes lancifoliaなどと間違えられることがあり,博物館の標本などでも混同されているものがみられます。日本海側や下北半島,三陸沿岸などでは上記2種に加えてカタノリ(Grateloupia divaricataとも混同されます。ヒラムカデの形態変異について,吉田・川口(1998)は,標識個体の追跡調査により,その形態変異の幅を確かめています。著者はかつてムカデノリともキョウノヒモともつかない個体を伊豆半島下田で採集し(写真の個体),「これは新種あるいは新産種に違いない!」と意気込んでrbcL遺伝子の配列を決定したことがあります。その結果,その"新種"は,ヒラムカデそのものだということが分かり,イスから転げ落ちました。
 
ヒラムカデ Grateloupia livida
撮影地:兵庫県 淡路市 岩屋 田ノ代海岸(淡路島);撮影日:2015年6月30日;撮影者:鈴木雅大
 
伊豆半島のサンプルの結果受け,自身が採集したヒラムカデの標本を注意深く観察したところ,経験即ではありますが,ヒラムカデの形態変異の幅が少しずつ分かってきました。兵庫県淡路島でまるでキョウノヒモのような個体を採集した時は間違えませんでした。こうなってくると,一体どのような姿がヒラムカデの"典型的"な姿なのか判断に困るところです。図鑑に載っているような枝の少ない個体はどちらかといえば波当たりが強く,外海に面するような場所で見られ,キョウノヒモのように多数の副出枝を持つ個体は内湾部やタイドプールなど,特に生活排水などの淡水の影響を受ける場所に見られる傾向があるようです。ムカデノリでも似たような現象がみられることから,この仲間は淡水の影響を受けやすいのかもしれません。ヒラムカデの形態変異に関わる要因を特定するのは容易ではないと思いますが,結論としては,図鑑等の検索表や写真でヒラムカデの形態変異を表現するのは困難であり,出来る限り多くのサンプルを集め,経験的に学んでいくのがヒラムカデを始めとした形態変異の激しい種類を同定する上で重要ではないかと思います。
 
体の横断面 *雑な切片ですが,内層が糸状の細胞から成ることが確認出来ると思います。
 
ヒラムカデは先述の通り外部形態の変異の激しい種類ですが,調査地でヒラムカデの生育が遺伝子解析などによって確認出来ており,その場所でヒラムカデがどのような姿になるかを把握していれば,そこまで同定に困ることはないと思います。著者の場合,兵庫県淡路島や関東地方,伊豆地方であれば,外部形態の観察だけである程度同定出来ています。しかし,臨海実習などで学生が採集したものや,方形枠調査や藻場調査での坪狩りなどで採集されたものは,高さ数cmに満たないものや枝の欠片だったりすることがしばしばあります。著者は臨海実習で学生が採集した枝の欠片について,その場ではオキツノリ(Gymnogongrus flabelliformisと同定したものの,切片を作製,観察した後,ヒラムカデに同定を改めたことがあります。ヒラムカデは,ムカデノリの仲間なので,体の内層部は糸状の細胞から成っており,横断切片を作製すれば他の仲間と容易に区別がつきます。残念ながら同所に生育することの多い,ヒロハノムカデノリ(Grateloupia subpectinataとは,横断面を顕微鏡で観察しても区別することは難しく,ムカデノリの仲間同士の場合は,ある程度はっきりと外部形態が分かるものでないと同定は難しいと思います。
 
参考文献
 
Agardh, J.G. 1842. Algae maris Mediterranei et Adriatici. 164 pp. Apud Fortin, Masson et Cie, Parisiis.
 
Agardh, J.G. 1847. Nya alger från Mexico. Öfversigt af Kongl. Vetenskaps-Adademiens Förhandlingar, Stockholm 4: 5-17.
 
Calderon, M.S., Boo, G.H. and Boo, S.M. 2014. Morphology and phylogeny of Ramirezia osornoensis gen. & sp. nov. and Phyllymenia acletoi sp. nov. (Halymeniales, Rhodophyta) from South America. Phycologia 53: 23-36.
 
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2011. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 18 November 2011.
 
Harvey, W.H. 1857. Algae. In: Account of the Botanical specimens. (Gray, A., ed) Narrative of the expedition of an American squadron to the China Seas and Japan, performed in the years 1852, 1853 and 1854, under the command of Commodore M.C. Perry, United States Navy. Volume II - with illustrations. (Anon. Eds), pp. 331-332. Senate of the Thirty-third Congress, Second Session, Executive Document. House of Representatives, Washington.
 
Holmes, E.M. 1896. New marine algae from Japan. Journal of the Linnean Society of London, Botany 31: 248-260.
 
Kim, S.Y., Manghisi, A., Morabito, M., Yang, E.C., Yoon, H.S., Miller, K.A. and Boo, S.M. 2014. Genetic diversity and haplotype distribution of Pachymeniopsis gargiuli sp. nov. and P. lanceolata (Halymeniales, Rhodophyta) in Korea, with notes on their non-native distributions. Journal of Phycology 50: 885-896.
 
Nam, K.W. and Kang, P.J. 2013. Algal Flora of Korea Volume 4, Number 9. Rhodophyta: Florideophyceae: Halymeniales: Halymeniaceae, Tsengiaceae. Marine Red Algae. 132 pp. National Institute of Biological Resources, Incheon.
 
岡村金太郎 1936. 日本海藻誌.964 pp. 内田老鶴圃,東京.
 
Schmitz, F. 1894. Neue japanische Florideen von K. Okamura. Hedwigia 33: 190-201.
 
Suringar, W.F.R. 1867. Algarum iaponicarum Musei Botanici L.B. index praecursorius. Annales Musei Botanici Lugduno-Batavi 3: 256-259.
 
Yamada, Y. 1931. Notes on some Japanese algae II. Journal of the Faculty of Science, Hokkaido Imperial University Ser. 5, 1: 65-76.
 
Yendo, K. 1914. Notes on algae new to Japan. II. Botanical Magazine, Tokyo 28: 265-281.
 
Yendo, K. 1918. Notes on algae new to Japan. VIII. Botanical Magazine, Tokyo 32: 65-81.
 
Yendo, K. 1920. Novae algae japoniae. Decas I-III. Botanical Magazine, Tokyo 34: 1-12.
 
Yoshida, T. 1991. Catalogue of the type specimens of algae preserved in the herbarium, Department of Botany, The University Museum, The University of Tokyo. The University Museum, The University of Tokyo Material Reports No. 24. 17 pp. 67 pls.
 
吉田忠生・川口栄男 1998. むかでのり科 Halymeniaceae.In: 吉田忠生 著.新日本海藻誌.pp. 697-734. 内田老鶴圃,東京.
 
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189.
 
 
写真で見る生物の系統と分類真核生物ドメインスーパーグループ アーケプラスチダ紅藻植物門真正紅藻綱マサゴシバリ亜綱イソノハナ目ムカデノリ科
 
日本産海藻リスト紅藻植物門真正紅藻亜門真正紅藻綱マサゴシバリ亜綱イソノハナ目ムカデノリ科ムカデノリ属ヒラムカデ
 
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