ヒロハノムカデノリ "Grateloupia" subpectinata |
作成者:鈴木雅大 作成日:2011年3月21日(2023年4月23日更新) |
ヒロハノムカデノリ(広葉の百足海苔) |
"Grateloupia" subpectinata Holmes 1912: 208. Pl. 1. |
紅藻植物門(Phylum Rhodophyta),真正紅藻亜門(Subphylum Eurhodophytina),真正紅藻綱(Class Florideophyceae),マサゴシバリ亜綱(Subclass Rhodymeniophycidae),イソノハナ目(Order Halymeniales),ムカデノリ科(Family Grateloupiaceae),"ムカデノリ属(Genus Grateloupia)" |
* 吉田ら(2015)「日本産海藻目録(2015年改訂版)」における分類体系:紅藻綱(Class Rhodophyceae),スギノリ目(Order Gigartinales),ムカデノリ科(Family Halymeniaceae),ムカデノリ属(Genus Grateloupia) |
掲載情報 |
Nam & Kim 2013: 88-91. Figs 75-77; Nelson et al. 2013: 509-510. Figs 1-5. |
その他の異名 |
Grateloupia prolongata auct. non J. Agardh (1847: 10); Yendo 1914: 279. p.p.; 岡村 1936: 540. |
Type locality: 神奈川県 藤沢市 江ノ島 |
Holotype specimen: Holmes (1912)の図版(pl.1) |
分類に関するメモ:Faye et al. (2004)は,ムカデノリ(Grateloupia asiatica)の異名同種(シノニム)とされてきたヒロハノムカデノリ(G. subpectinata)を再評価しました。
ヒロハノムカデノリはムカデノリ属(Grateloupia)のメンバーですが,Carderon et al. (2014) ,Kim et al. (2014) などによる遺伝子解析において,ムカデノリ属が多系統群であることが示されました。ヒロハノムカデノリは既知の属のクレードには含まれず,Carderon et al. (2014)は"Grateloupia subpectinata-group"と呼んでいます。ヒロハノムカデノリの属の所属について今後の検討が必要と考えられます。本サイトでは,ヒロハノムカデノリを暫定的にムカデノリ属のメンバーとしました。 |
撮影地:徳島県 鳴門市 北灘町 牛の鼻;撮影日:2018年4月26日;撮影者:鈴木雅大 |
撮影地:兵庫県 洲本市 由良(淡路島);撮影日:2016年3月10日;撮影者:鈴木雅大 |
撮影地:兵庫県 洲本市 由良(淡路島);撮影日:2016年3月23日;撮影者:鈴木雅大 |
体の横断面 |
体は皮層と内層から成り,内層は糸状の細胞から成ります。 |
押し葉標本(採集地:千葉県 安房郡 富浦町 多田良 富浦漁港(現 南房総市 富浦町);採集日:2001年3月9日;採集者:鈴木雅大) |
押し葉標本(採集地:兵庫県 洲本市 由良(淡路島);採集日:2007年3月29日;採集者:鈴木雅大) |
押し葉標本(採集地:兵庫県 洲本市 由良(淡路島);採集日:2015年5月19日;採集者:鈴木雅大) |
Faye et al. (2004)は,ムカデノリ(G. asiatica)と同種と考えられてきたヒロハノムカデノリ(G. subpectinata)を再評価しました。この2種は遺伝子を用いた分子系統解析のみならず,生殖器官を構成する細胞の一つである助細胞の形態に違いがあり,将来的には属のレベルで分けられると考えられています。従って,分類学上この2種ははっきりと区別されるのですが,生殖器官が無い場合,外形や体構造で2種を区別するのは極めて難しいだろうと思います。兵庫県淡路島で採集したサンプルについては,rbcL遺伝子の配列を決定し,DNA鑑定によりヒロハノムカデノリであることを確認した他,生殖器官を付けた個体を観察し,助細胞の大きさを確認しています。
ヒロハノムカデノリとムカデノリは,種同定が極めて難しい仲間ですが,困ったことに本州太平洋沿岸中部や四国,九州ではムカデノリとヒロハノムカデノリの両種が分布していると考えられます(Kawaguchi et al. 2001, Faye et al. 2004, 嶌田 2014, Yang et al. 2021)。著者の経験則になりますが,ヒロハノムカデノリは千葉県以南の本州太平洋沿岸や四国・九州に分布し,ムカデノリは日本海側から太平洋側,北海道から九州までの全国的に分布しているようです。ただし,島根県隠岐の島や韓国の済州島などでヒロハノムカデノリが報告されていることから(Nelson et al. 2013),ヒロハノムカデノリが本州日本海沿岸に広く分布している可能性も十分あり得ると思います。分布や生育地によって区別出来れば良いと思っていたのですが,どうやら難しいようです。 ヒロハノムカデノリは和名の通り,体の幅が広い(3 mm以上)ことが特徴とされていますが,この仲間の外形は生育地によって大きく変化し,幅が1 cmを超えるムカデノリ(G. asiatica)もごく普通に見られます。両者ともに形態変異が激しい種類のため,この2種を外部形態で区別するのは極めて難しいと思います。手触り等から経験的に2種を分けることはある程度可能で,ムカデノリの方がヒロハノムカデノリよりも柔らかく,繊細な「感じ」がします。といってもこれは,あくまでも著者個人の感覚であり,これを他者に論理的に説明するのは困難です。 体構造については,切片を作製して比較しても,細胞数や配置などに明確な違いがあるようには思えませんでした(注)。 注.Fay et al. (2004) によると,ヒロハノムカデノリの皮層を構成する細胞数は9 - 12で,ムカデノリは7 - 10となっているので,ヒロハノムカデノリの方がやや厚い傾向があります。ただし,これはあくまでも専門家が何十回と計測してようやく導き出せるもので,実際に切片を作製して数えてみると,これがなかなか難しく,明確な違いを示すのは容易ではありませんでした。少なくとも種同定に用いるのはお勧め出来ません。ヒロハノムカデノリをムカデノリと区別する最大の特徴は,生殖器官を構成する細胞の一つである助細胞の大きさです。ヒロハノムカデノリの助細胞は,ムカデノリと比べると一回り大きく,助細胞の周囲の細胞と比べると一目瞭然です。雌の生殖器官を付けた個体を見つけ,切片を作製し,助細胞を付けた枝を探すことが出来れば,2種を形態的に区別することは可能です。ムカデノリの仲間は「ampulla」と呼ばれる特別な枝に助細胞を作るので,ある程度きれいな切片を作れば,「ampulla」を探すことは出来ると思います。切片を作製し,顕微鏡で観察するだけでも相当ハードルが高いと思いますが,顕微鏡観察の技術に加え,紅藻類の生殖器官である造果枝や助細胞,果胞子体に関する知識が必要なので,難解な種類であることは間違いないと思います。 上述の通り,助細胞を観察することが出来れば,DNA鑑定をせずともヒロハノムカデノリとムカデノリを区別し,正しく同定することが可能です。とはいえ,ヒロハノムカデノリの助細胞を観察し,本種を正しく同定出来る人はかなり限られるのではないでしょうか。このような難解さから,著者は長い間,ヒロハノムカデノリについて詳しく言及することを避けてきました。しかし,そもそも海藻の種同定は図鑑があれば必ずしも出来るものではないこと,分類や種同定に問題のある海藻が多数残されている現状を鑑みれば,「海藻の難解さ」を示すためにもヒロハノムカデノリを紹介すべきではないかと思うようになりました。日本人は古くから海藻への関心が高く,世界のどの国をみても,日本ほど海藻の図鑑が充実した国はありません。このことは,日本で海藻を勉強する方々にとって非常に恵まれている反面,海藻の分類や同定の実態を忘れさせてしまっていると言えるかもしれません。「図鑑を見れば名前が分かるのが当たり前」と思って海藻の実習を受けにくる学生さんがたくさんいます。著者は実習や観察会において,あえて分類・種同定の問題を口に出さないようにしていますが,採集した海藻の1/3位は何かしらの問題を抱えており,著者の目にはそれらの海藻の鮮やかな色が灰色に見えています。ヒロハノムカデノリは種同定の難しい海藻の一つではありますが,「DNA鑑定せずとも同定出来る特徴がある」という点において,問題種ではありません。「海藻学の普及」に逆行しているかもしれませんが,本当に海藻が好きで,海藻を勉強したいと志すのであれば,ヒロハノムカデノリの種同定は一つのステータスと言えるかもしれません。 |
神奈川県江ノ島のヒロハノムカデノリ |
採集地:神奈川県 藤沢市 江ノ島;採集日:2018年6月15日;採集者:鈴木雅大 |
ヒロハノムカデノリは神奈川県江ノ島で採集されたサンプルを基に記載された種類です。しかし,江ノ島でヒロハノムカデノリに相当するムカデノリの仲間は近年確認されておりませんでした。北海道大学総合博物館と国立科学博物館植物研究部に収蔵されている標本の記録では1935年4月2日に採集されたのが最後になるようです。江ノ島の海藻標本は各地にあるので,おそらくは1935年以降に採集された標本もあると思いますが,いずれにしろ本種は江ノ島で数十年見つかっておりませんでした。江ノ島ではベンテンモ(Benzaitenia yenoshimensis),ハナフノリ(Gloiopeltis complanata),ベンテンアマノリ(Pyropia ishigecola),ヒトエグサ(Monostroma nitidum),イワヒゲ(Myelophycus simplex)などの海藻が50年以上生育が確認されておらず,江ノ島における絶滅種あるいは消息不明種と考えられています(横澤 2008など)。「1960年代のヨットハーバー建設によって環境が変わった」とする仮説が広く受け入れられており,ヒロハノムカデノリもおそらく1960年代以降に姿を消してしまったのだろうと思ってきました。ところが,2018年6月に江ノ島に採集に行ったところ,岩の上にヒロハノムカデノリが生えていました。江ノ島の目の前にある小動岬や腰越漁港には本種が普通に生えているので,むしろなぜ今まで見つからなかったのかというところではありますが,とにもかくにも江ノ島でヒロハノムカデノリを数十年ぶりに確認・採集することが出来ました。この他の消息不明種もある日突然見つかるかもしれません。これからは無いと決めつけず,意識して探してみようと思いました。 |
参考文献 |
Agardh, J.G. 1847. Nya alger från Mexico. Öfversigt af Kongl. Vetenskaps-Adademiens Förhandlingar, Stockholm 4: 5-17. |
Calderon, M.S., Boo, G.H. and Boo, S.M. 2014. Morphology and phylogeny of Ramirezia osornoensis gen. & sp. nov. and Phyllymenia acletoi sp. nov. (Halymeniales, Rhodophyta) from South America. Phycologia 53: 23-36. |
Faye, E.T., Wang, H.W., Kawaguchi, S., Shimada, S. and Masuda, M. 2004. Reinstatement of Grateloupia subpectinata (Rhodophyta, Halymeniaceae) based on morphology and rbcL sequences. Phycological Research 52: 59-68. |
Guiry, M.D. and Guiry, G.M. 2012. AlgaeBase. World-wide electronic publication, National University of Ireland, Galway. https://www.algaebase.org; searched on 09 February 2012. |
Kawaguchi, S., Wang, H.W., Horiguchi, T., Sartoni, G. and Masuda, M. 2001. A comparative study of the red alga Grateloupia filicina (Halymeniaceae) from the northwestern Pacific and Mediterranean with the desciption of Grateloupia asiatica, sp. nov.. Journal of Phycology 37: 433-442. |
Kim, S.Y., Manghisi, A., Morabito, M., Yang, E.C., Yoon, H.S., Miller, K.A. and Boo, S.M. 2014. Genetic diversity and haplotype distribution of Pachymeniopsis gargiuli sp. nov. and P. lanceolata (Halymeniales, Rhodophyta) in Korea, with notes on their non-native distributions. Journal of Phycology 50: 885-896. |
Nam, K.W. and Kang, P.J. 2013. Algal Flora of Korea Volume 4, Number 9. Rhodophyta: Florideophyceae: Halymeniales: Halymeniaceae, Tsengiaceae. Marine Red Algae. 132 pp. National Institute of Biological Resources, Incheon. |
Nelson, W.A., Kim, S.Y., D'Archino, R. and Boo, S.M. 2013. The first record of Grateloupia subpectinata from the New Zealand region and comparison with G. prolifera, a species endemic to the Chatham Islands. Botanica Marina 56: 507-513. |
岡村金太郎 1936. 日本海藻誌.964 pp. 内田老鶴圃,東京. |
嶌田 智 監修.2014. 海の観察ガイド 千葉県館山市沖ノ島 海の植物編.88 pp. お茶の水女子大学湾岸生物教育研究センター,館山. |
Yang, M.Y., Kim, S.Y. and Kim, M.S. 2021. Verification of hotspots of genetic diversity in Korean population of Grateloupia asiatica and G. jejuensis (Rhodophyta) show low genetic diversity and similar geographic distribution. Genes & Genomics 43: 1463-1469. |
Yendo, K. 1914. Notes on algae new to Japan. II. Botanical Magazine, Tokyo 28: 265-281. |
横澤敏和 2008. 藻類採集地案内 江ノ島(神奈川県藤沢市).藻類 56: 213-216. |
吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015. 日本産海藻目録(2015年改訂版).藻類 63: 129-189. |
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